次の日の昼前に、私が起きたら母はちょうど出かけるところだった。
「出掛けるとき、戸締まりキチンとしていってよ」
白いポロシャツと黒いパンツ姿の母が、ボーッとしていた私の横をパタパタと通り過ぎた。
玄関へ向かう母から甘い良い香りがした。
それはシャンプーや自然の香りではなかった。
『香水・・・? 』
いってきます、と母は出ていった。
一瞬見えたその横顔は、笑っていたかのように思えた。
どうしても休めない授業を出て、帰ってきたのは五時頃。
母は六時過ぎに、「セーフセーフ」と息を切らしながら帰ってきた。
何をそんなにお世話をすることがあるのだろうか。
うるさがるので余計なことは言わず、おかえり、とだけ言った。
すばやく風呂を沸かし夕食を作り、父の帰宅時間に何とか間に合わせ、家族揃って食卓を囲った。
朝のことが気になり、母の傍へ行き、そっとクンクンと匂いを嗅いでみた。
が、何も匂わない。
どちらかといえば、汗の匂いがするかな、という感じだった。
それに気付いた母が、
「なによ。・・・人の匂いを嗅いだりして」
と、私から逃げるように体をくねらした。
「いや、別に」
変な子、と母が大皿料理に手を伸ばした。
父は黙々と食事を続けていた。
何も変わらない日常。
本当に何も変わっていないのだろうか。
母の作ってくれた愛情ある食事が、一瞬色褪せて見えたのは、気のせいではなかった。
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