「あいつの所へ通うって?」
「そうなのよ、最初はね、『あんたウチの子の同級生なんだから暫くの間ウチに住みなよ』って言ったんだけど、嫌だっていうのよ、彼がね。だからしょうがないんであたしが行くんだよ。あ、でもね、今日は取りあえず病院に入院しているからさ、明日からのことなんだけどね」
「ちがうちがう、そうじゃない。何で母さんが行くことになったんだってこと。沢木が怪我をしたのは自業自得だろ」
「あんた、話を聞いていないのかい? 今言ったでしょ、あたしにも大人として責任があるって、馬鹿!」
「ちがうよ、その・・・、なんだ。あいつだって大学生なんだし立派な大人だよ。・・・大人の男だよ。そんな野郎の家に毎日通うって、その、ほら、なんだ・・・」
「なによ。ハッキリしない子だね。ごにょごにょ言ってんじゃないよ、あたしは明日の準備があるし、あんたやお父さんのことも色々やっておかないといけないし、忙しいんだよ。ハッキリ言いな、ハッキリと!」母の言い方に少しムッとした私は、
「あのな、あいつは昨日から母さんを口説いていたんだぞ。今日、店に行ったのだってそれ目的だし、『牛丼5杯食ったらデートして』まで言ってるような奴なんだぞ。そんな奴の所へ毎日行くなんて・・・、何かあったらどうするんだよ!」思わず声を荒げてしまった私を、母はきょとんとした顔でみていた。そしておもむろに大声で笑い出した。
「あっはっはっはっは、何あんたそんなこと気にしていたの? あっはっはっはっは、馬鹿だねぇ、そっかそっか母ちゃんがそんなに心配なのか、困った僕ちゃんだねぇ」
「なっ! あ、あのな!」
私の言葉に追い被さるかのように、母が静かに言った。「大丈夫。あたしはあんたの母ちゃんだよ。愛する息子や父ちゃんを裏切ることなんかしないよ。仮に、ハリウッドスターと一晩過ごしたって万が一の過ちなんておきやしないよ。あの子だってそりゃ、昨日は色々チャラいことばっか言ってたけどさ、あれは酒の上でのことだろうよ。酒が入れば場末のスナックの厚化粧のババだって口説きの対象になるよ。今日のことだって、昨日の今日でまだ冗談が言い足りなかったのよ。あたしは人を見る目はあんのよ。うん、あいつはそんなタマじゃないね。熟女好みというよりロリータ専門だな、うん」いつの間にか、家に帰ってきたときの母とは別人のように、いつもの母の表情になっていた。
「今回のことは本当にあたしが大人として失格だったの。お世話に行くのは当たり前なんだよ。だからあんたも協力してよ」母と話をしていくうちに、自然に母のペースになっていき、自分がくだらないことに取り憑かれていたような気がしてきた。
「・・・ああ、分かったよ。明日取りあえず一緒に行ってさ、俺からも沢木に謝っておくよ」
「頼むよ」
パーンと背中を叩かれ、母は台所へ向かった。その日の夜帰宅してきた父に事情を説明した母は、物静かな父に、静かにしかしこってりと怒られていた。
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