私が元夫のDVで逃げ込んだ修道院で、暫くの間、シスターをしていました。
シスターと言っても雑務で、本格的な行事にはお手伝いとして参加しました。
その修道院では、付属施設として短期大学と子供の養護施設がありました。
そして、その養護施設にいる子供たちの中で、女の子のような可愛い顔立ちのユニセックスな男の子は、幼い頃からシスターのご寵愛を受けました。
私が見たのは、小学校4年でシスターに童貞を捧げた美少年でした。
小4で童貞を捧げた少年は、小4になるとシスターと毎日お風呂に入り、ペニスの皮を無理やり?かれて恥垢を洗われました。
始めは痛がっていた小4児童も、次第に皮が剥かれた状態が平気になり、痛みより気持ち良さが勝るようになっていきます。
「奇麗綺麗しましょうね。」
と言われながら、石鹸で亀頭をしつこく洗われ続ければ痛みは無くなり、快感に勃起させるようになります。
勃起を確認したシスターは、小4児童をバスマットに寝かせ、騎乗位で童貞を奪い、腰を振ったのです。
湘南はあまりの開館に悶えますが、まだ射精することは出来ず、延々と続く騎乗位に地獄のような快楽に見舞われるのです。
そして、その少年のペニスは、他のシスターにも次々と食べられてしまうのです。
私も興味本位で跨らせてもらいましたが、小さいけれど硬くて、いつまでも射精しないから楽しめました。
その少年は中学生になるまでに正常位での腰振りを仕込まれ、中学生になった美少年はペニスマゾとして、射精制限をかけるためのコックリングを装着されて、シスターたちのご寵愛を受けるのです。
修道服を着たシスターと、学生服を着た中学生の美少年が、下半身だけ晒してセックスする様は、異様であり、また、禁忌的な興奮もありました。
その少年は中2で精通し、射精ができるようになると、セックスは禁じられ、シスターたちの前で射精を見られる羞恥マゾに仕込まれていきました。
そして、その頃には新たに可愛い小学生児童のペニスの皮剥きが終了しているのです。
学生服姿でペニスを露出した少年は拘束台に固定されて、、亀頭責めを受けます。
男性は亀頭だけでは射精まで至らないので、少年は悶絶します。
射精を懇願する少年でしたが、寸止めは30分くらい続けられ、少年の精神は破壊されていきました。
そして、1度射精させると射精直後の亀頭責めされて、絶叫していました。
もう、されるがままで、よがり狂っては射精して、亀頭責めに絶叫してまたよがり狂うを繰り返して、中学を卒業する頃にはすっかり射精マゾ化して、シスターたちが見てる前で、上だけ学生服着てコックリングをはめたペニスでオナニーを披露しました。
自分で射精を寸止めして、我慢汁を垂れ流し、ハアハアしながら自分でペニスを扱いていました。
もう、ビクビクと差y製寸前まで自分で焦らす技は凄いなと思えるほどで、シスターに、
「思い切りお出しなさい。」
と言われると、
「ボクの恥ずかしい射精を見てください。自分でチンチンを扱いてシスターのお許しで精子出す恥ずかしい中学生を見てください。」
と言いながら、大量の精液を噴出する恥辱の姿をシスターの前に晒しました。
私は、8年間修道院で暮らし、2人の少年と関係しました。
その後私は37歳で修道院を出て、実家のある田舎へ帰りました。
田舎で、二人のお子さんを残して奥様が亡くなってしまった32歳の従弟と再婚しました。
私の方がお姉さんでしたが、幼子を世話し、育て、従弟とは子を儲けない約束で再婚しました。
それでも従弟に求められ、中に出さないようにして抱かれました。
私に生理が来たときは、従弟のペニスを扱いて、亀頭責めで焦らして少しずつマゾ化し、そのうち椅子に縛って射精後の亀頭責めなどで、従弟が40歳になった頃には射精マゾになりました。
今年、再婚して13年、私は50歳、そして45歳の従弟は、私の前でコックリングをはめたペニスを扱きながら、
「姉さん、見て、ボクの恥ずかしい射精を見て。自分でシコッて嗄声する恥ずかしい姿を見て・・・」
と言いながら、私の目の前で射精しながら、
「恥ずかしい~~射精を見られて恥ずかしい~~」
と言いながら、大量射精しているのです。
あの射精マゾにされた中学生も今頃は三十路、幼いペニスを大勢のシスターに食べられた小学生も、今頃は二十代半ば、お二人とも、どんな人生を送っているのでしょう。
そして、マゾ化してしまった従弟夫・・・
私はここに、男性のプライドを砕いてしまった3人の男性に、懺悔をいたします。