笑える話

怒りなんか通り越して笑うしかない。
　今も二階からアンアン♪聞こえてる。
　相手はオレの嫁と息子。
　正月早々恥を知れ！　ってなことを思っても、黙って聞いてるオレがい
る。

　どうしてこんなことになったのか？
　そりゃ簡単。嫁がアホだから。
　自己中で我が強くて自分の言ったことは何でも正しいと思ってるような
どうしようもない女。
　夜の相手をしなくなってから、もう十年近く。
　そりゃオレも悪かったかもしれんさ。お前人並み以上に性欲強いしな。
　だからって、テメエの産んだ息子に手をつけるか？
　
　このバカ息子もどうしようもない男で２２歳にもなってヒキニート。
　一度は就職したが、俺には合わねえ、とかアホな理由で即退社。
　それからは、俺はこんなことをするために生きてるわけじゃねえんだと
か言って、仕事も探さず部屋にこもってゲーム三昧。
　俺が叱れば、嫁がすぐに助け船。
　あの子はやればできる子なんだから長い目で見てあげればいいじゃな
い！
　昔から息子命だった嫁。
　食ってかかってきて、まともに息子を怒鳴ることもできんかった。
　
　発覚したのは去年の１０月
　仕事中に書類を忘れたことに気づいて家に戻ってみれば二階から怪しげ
な声。
　声の主は間違いなく嫁。
　驚きもしたが、半分は、やった！　ラッキー！　とか思ったよ。
　これを理由に離婚できる。
　浮気が理由なら相手から慰謝料だって取れるし、もちろん嫁に払う必要
もない。
　だから、決定的な証拠を掴むために足音を偲ばせて二階へ向かったわけ
さ。
　
　声がしてたのはオレたちの部屋。つまり、夫婦の寝室。
　オイオイ…。俺は毎日そこのベッドで寝てんだぜ。そこでやるか？
　はらわたが煮えくりかえったのは言うまでもない。
　こりゃもう、ぐうの音が出ないほど現場押さえてやる。
　ってなわけで、現場を押さえるために、そっと寝室のドアを開けたの
さ。隙間から覗ける程度にね。
　
　最初に見えたのは男の背中。
　恰幅が良くてがっしりした体格だった。
　細身で小柄な嫁とは正反対。
　背中を立てたまま嫁の足首掴んで左右に引き裂かんばかりに開いて腰振
ってたよ。
　
　長い髪で男が若いのはわかった。
　あれ？　と思ったのは、ちらと見えた横顔を知りすぎるほどに知ってた
から。
　マジか！？
　叫びそうになるのを必死に堪えたね。
　それからはもうパニック。
　何が起こってんのかわからなくて、その場をそっと立ち去るしかできな
かった。
　仕事に戻っても手につくわけがない。
　あれは見間違えだったんじゃないかと思っても、何度考えたところで嫁
の相手は息子だった。
　
　オレがドキドキしながら家に帰っても嫁は何食わぬ顔。
　いつから関係が始まったのかは知らんが、ここまですっとぼけられるこ
いつはスゲエな、とか妙なところで感心してた。
　ヒキニートのバカ息子とは、ここ数年まともに顔を合わせたこともな
い。
　疑問が頭を巡りつつも、その日は言い出すこともできずひたすらモンモ
ンとしてただけ。
　切り出すべきか黙ってるべきか悩み続けて、結局一週間くらいは黙って
た。
　
　でも、いつものごとくくだらないことで嫁とけんかになり、売り言葉に
買い言葉で、あっさり二人の関係を知ってることを暴露。
　このときの嫁の態度がすごかった。
　青ざめたのは一瞬だけ。すぐに鼻で笑った顔になって、なんだ、知って
んなら言ってくれれば良かったのに、とひとを小馬鹿にしたようなツラで
言い放ったから。
　離婚だからな！　とこっちが言い放てば、いいけど、この家と慰謝料は
もらうからね、だと。
　頭狂ってんだこの女。
　
　法的にそんな義務はないと言っても、そんなこと知らない、家と慰謝料
はもらうから、の一点張り。
　オレも情けないが、昔からこの嫁の押しの強さにはどうしても負ける。
　あげくに、バレてるなら今夜から○○のところで寝るから二階に上がっ
てこないでね、と捨て台詞残してさっさと自分だけ二階へ上がっていった
よ。
　信じられなかったのは、それから１時間もしないうちにあいつらが始め
たことだ。
　よっぽど包丁もってぶっ刺しに行こうかとも思ったさ。
　でも、そんなことできるわけないんだって。
　
　まあ、その夜はアホみたいに嫁の声が続いたね。
　ほぼ一晩中。
　オレに聞かせたい気持ちもあったんだろうさ。
　こっちは悶々としながら寝るに寝れず、これからどうすべきかとか、ほ
んとに殺してやろうかとか、延々と考えて明け方近くに居間のソファで気
絶。
　次に肩揺すられて起きてみれば、下着姿の嫁が立ってた。
　
　仕事行かないの？
　
　平然とした顔で言いやがったよ。
　それだけならまだしも、オレが睨みつけてたら、そんなに怒ることじゃ
ないでしょ。どこの家にでもあることなんだから普通よ。相手があの子な
んだからいいじゃない。これが他の人だったら私も謝るけど、相手は○○
なんだから浮気にならなでしょ。それに、あなただって私の相手しなくて
よくなるんだからあの子に感謝してもいいくらいなんじゃない？　とまで
言い放ちやがった。
　
　な？　狂ってるだろ？
　本当なら怒るさ。キレて当然さ。
　でも、どうしてかね。このときのオレは毒気を抜かれたというか、嫁の
言い草に呆れすぎたというか、力ない笑いがこみ上げただけだったんだよ
ね。
　
　ずっと前から続いてたらしいよ。
　発覚したのが去年のことだっただけで、関係を持ってたのはずっと前か
らだったらしい。
　素肌の見えるような生地の薄い下着姿で立ってる嫁の股間にどうしても
目がいったのは、そこにあるべき毛がなかったから。

　あの子が邪魔だっていうから、お金掛けて全部抜いちゃった。ずいぶん
と前のことだよ。
　嫁は悪びれる素振りも見せず、あっけらかんと言いました。
　
　それに気づけないくらい、オレは嫁に興味がなかったし、そんな前から
息子と関係があったわけだ。
　
　離婚するならしていいし、あなたの好きにしていいよ。私たちも好きに
やるから。でも、この家と慰謝料のことは忘れないでね。
　
　これが、最後に嫁が言い放った言葉。
　
　それからは、オレの存在を気にすることもなく、現在に至るまで二人の
関係は続いたままだ。
　
　頼むからオレの前ではやらないでくれ。
　
　それが、せめてものオレのお願いで、嫁にせいぜい言えた言葉。
　
　どうして家を出ないのかって？
　出れるわけないさ。行くところがないんだから。
　安月給じゃホテル住まいなんかできるわけもない。
　離婚したところでどうなる？
　骨肉の争いをやるのか？
　裁判で息子に寝取られましたって暴露すんのかよ？
　それにさ、もう、どうでもいいよ。
　
　人間ってのは不思議でさ、どんな過酷な環境にだって慣れちゃうんだ
よ。
　仕事から家に帰っても、コンビニ弁当一人で食べるだけさ。
　二階からベッドの軋む音と、嫁のアンアン♪よがる声が毎晩聞こえる
さ。
　でもさ…、ほんと不思議なんだけど、今じゃ怒りとかよりも、嫁のよが
る声聞いてると、今夜も元気だなぁ、とか思って、なぜかほっとしてる自
分がいるのさ。
　この気持ちって、誰にもわからねえよな。
　嫁はしょっちゅう二階から下りてくるから顔を合わせることも多いんだ
けど、露骨に家ん中でも化粧するようになって、卑猥な下着なんかも着て
たりすると妙に色っぽくて、こいつって意外とイイ女だったんだよなぁ、
とか、無くしてから惜しくなったりして。
　この気持ちは、なんなんだろうね？
　
　てなわけで、今夜も嫁のよがり声を聞きながら、オレはひとり酒を飲ん
でるわけさ。
　オレの目の前でやってもいいから、オレも混ぜてくんねえかな。
　そんなことを日に日に強く考えるようになってる自分が一番怖いわ。