知加子は当時、どうゆう女性だったかをちょっと書きます。
若僧だった私、知加子は三十半ばどいう年齢よりは、やや若く見えたと思います。
ぽちゃまではいかない、ちょっと肉付きのいい女、胸もまあまあ大きい方だと思います。
セックスに関しては、私の方が若く、経験が浅いこともあってか、知加子が主導権を握りたがる、そんなセックスで、さらに先に述べた通り、かなりセックスは好きそうでした。
そして基本生派、付き合ってた約三年の中で、かなり危ない日で、知加子が避妊要求したときのみ、ゴムつけてましたが、最初の一発二発はゴム付き、三発四発目はゴム無しとかでした。
その避妊要求も、記憶では数回くらいしかありません。
生でして、顔や口、胸とかに出すのが普通でした。
男の人が喜んでるのが好きだと、言っていた記憶があります。
主導権を握りつつ、男性を喜ばすのが好き、そんな知加子でした。
ショートメール読み直し、二十年ぶりの関係復活を望んでいるのは確かに思います。
ここからは私の憶測です。
旦那さんのお母さんが病に倒れ、介護や看病のために少しは大人しくしていたでしょう。
やがてそれから解放され、また浮気の虫が沸いてきて、別な男性と浮気、それがバレて家族に見離され、孤独な独り身になっているのではないか?
知加子が住んでいた街は、当時は人口一万ちょっと、周辺と合併したとはいえ、今でも人口は三万程度の、大きい街とは言えません。
月に二~三回会っていましたが、交互に行き来してました。
先週は私が行った、今週は知加子が来るといった感じです。
知加子の家族の都合等で、続けて私が行くこともありましたが、そうなると次とその次は知加子が来ると。
朝八時、知加子は旦那さんや子供を送り出すと、私にメール、今から行くよ、私は頃合い見計らって、知加子の街と結ぶ道沿いのスーパーで待つ、だいたい九時くらいに落ち合う。
私が行くときは、その逆、結ぶ道沿いのコインランドリーで知加子が待っているがパターンでした。
私はどうしたいのか?
正直、妻との性生活には満足してます。
結婚して十六年、マンネリになってはいるものの、妻は私の要求を拒んだことは、風邪とか生理、体調不良以外、拒んだことがありません。
かなり協力的、むしろ妻も好きな方なのかもしれません。
ただ心のどこかに、童顔可愛い系だった知加子が二十年たって、どうなってるかの興味、そこはありますが、それ以上の関係は考えてません。
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