俺は中坊時にあろうことか友達の母親に一目惚れした。
文化祭の時に友達の弟と一緒にいたおばさんは清楚という言葉がぴったりとハマる女性だった。
名前はふみえさん。
ふみえさんをオナぺにするようになったのは、その出会いから半年後からだった。
恋心と憧れからエロ目線への変化は、ふみえさんの下着を目の当たりにしたことからだった。
当時の俺には強すぎる刺激でした。
干してあった下着は色とりどりのTバックや、紐パンや、透けパンもありました。
見た目はエロさとは程遠い清楚な女性なのに、
こんなエロ下着を身につけているなんてというギャップからだった。
外見の清楚さと裏腹な、ふみえさんの本当の心を覗き見たような気がして、引き込まれてしまったのでした。
PTAの役員をやってたふみえさんが学校に来ていることを知ると、様子を伺ってストーカーのようになってました。
ふみえさんの行動を監視して、トイレの覗きも何回か出来ました。
やはり、エロ下着を付けていました。
それに、清楚さのギャップに追加されたのは、なかなかの剛毛さで、あんな下着を付けていたのに、毛の処理は多分ほとんどしてなかったのだと思います。
ギャップを感じる間もなく、ふみえさん=エロという目線になっていきました。
あんな下着を身につけているのだから、オナニーは当然しているのだろうと思い、ストーカー行為を繰り返していたけども、見つけることは出来ず、風呂場やトイレを覗くことしか出来てなかった。
それから3年が過ぎて、ふみえさんから離れて久しかったある日、なぜか突然ふみえさんのことを思いだした時があって、家の近くにいたこともあり、久しぶりに下着でも干してないかと見に行ってみました。
そこで目にした光景は、4人のガキと玄関で話しているところだった。
露骨にけげんな表情をしているふみえさんに、ニヤニヤしながら詰め寄って中に入って行ったガキども。
あとから聞いた話では、このガキどもは友達の弟の同級生と先輩だった。
この時から約2ヶ月程前に、そのガキどものうちの1人にふみえさんが普段使っているオナニー道具のデンマを見つけられて無理矢理脅されながら関係してしまい、ズルズルと続けられて人数も増えていたところだったのです。
ガキどもが入って行ってから30分が経過しても出てこないことから、俺は思い切ってインターホンをしつこく何度も押した。
ドアに手をかけたら鍵がかかってない。
恐る恐るドアを開けると、1人のガキが靴を取り上げていたところで、俺は誰だお前と凄んで見せた。
すると、ヤバイと声を漏らし部屋奥に逃げるように走って行って、ドタバタ音の後静寂が訪れた。
俺は中に入って行くと、全裸のふみえさんがソファで痙攣しながら、顔にも出され、股の間から流れ出てきてたザーメンをそのままに痕跡を残していた。
その事をきっかけに、ボディガードとして張り込み、話し相手にもなり、想いを寄せていたことも伝えて、関係ができて、1年と少しの間、関係が続いた。
ふみえさんは、類い稀な早漏でバック好き。
後ろからゆっくり差し込むと、それだけでオルガに到達していた。
エロ言葉責めに弱く、ダメダメと言いながら俺が会いに行くとすでに溢れる程に濡らしていた。
騎乗位では、カチカチのクリを擦り付けながら腰を縦にスライドして自らすぐにオルガへ登りつめる。
膣中は浅く、俺の竿はすぐに奥にあたり、腰のスライドでゴリゴリと子宮にあたり、掻き回すこととなるが、そのたびにイキまくる。
30分で10回以上のオルガに達することはあたりまえで、気を失うことは頻繁にあり、潮もよく噴いていた。
ほぼ毎回、三度目のオルガに潮を噴き始めて、以後一度いくたびに大小の噴水になっていた。
アナルもガキどもにやられていたそうで、俺も使わせてもらっていた。
結局、旦那さんの単身赴任先に引っ越してしまい関係は終わった。
あれから俺の人妻好きが開花してしまい、本命彼女の他に、人妻のセフレがいまでも3人いる。
未だ、ふみえさんを超える人妻に出会ってはいない。