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小学生の頃の体験

投稿者:キング ◆VVH9MRzy.s
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2018/05/04 23:25:23 (Dh1L6DhM)
40歳のおじさんです。子供も二人いて、幸せに暮らしていますが、このサイトを見て昔の事を思い出したので投稿いたします。

某大手企業に勤めていた私の父の仕事の関係で、当時は社宅に住んでいました。1企業にしては大きな社宅で、多くの人が住んでいました。学校ももちろん皆同じところに通っていて、学校が終わるとそれぞれの家で遊んでいました。今回話したいのが、そこに住んでいたゆうくんです。見た目は、色白肌がツルツルで、11歳の私もどことなく、女の子を感じておりました。今は見ないのですが、当時はジーンズの半ズボンが小学生のファッションであり、半ズボンから伸びた白い足、そして時折そこからはみ出す玉に少なからず興奮を覚えておりました。その下心もあり、今回の件に至ったのだと思います。

ゆうくんとは毎日学校が終わると遊んでいました。今思えば、その毎日の遊びの中で際どいこともあったのですが、今回は決定的な件を投稿したいと思います。私はゲイではないと勝手に思っておりますが、その時からゆうくんとはSFの関係が続いており、今日も二人で濃厚なひと時を過ごしてきました。他の男に興味はないのですが、30年以上続いております。ゆうくんも子供がおり、正直女の子大好きでだらしないのですが、いつも会うと”なんでこの関係が続く?”と二人の仲では疑問になっています。私個人的には、ゆうくんは女性体系であり、何より、妻よりきめ細かい肌と、妻より毛が薄いところが気にっております。

それでは、出会った時の話を。出会ったというより、初めてエッチした時の話です。小学4年生の時です。

前述の通り彼に対して今思えばですが、女性を感じておりました。フェチな話ですが、半ズボンから覗いた白い足、時折覗く玉を凝視していました。そして、プロレスごっこした時の甘い香りに当時興奮しておりました。

そういう性的興奮を覚えた私にすぐチャンスが来ました。夏休みにゆうくんからプールの誘いが来ました。もちろんその時はそういう展開は期待していませんでした。プールに入ると私はいつも通りに、好きだった潜水をしておりました。水中メガネをつけていなかったのですが、ゆうくんが潜水で自分に近づいて来るのが分かりました。そしていきなりキスして来ました。舌を入れて何度もキスして来ました。水中でキスした時は塩素の味と、ゆうくんの甘い味がして、途端に自分のものが硬くなるのが分かりました。慌てて水面に出たのですが、固くなったものが恥ずかしくて、プールの隅に隠れていました。するとゆうくんが来て、私の股間を触り”うちに帰って続きをしよう”と言って来ました。

そこからどうやって家に帰ったかは覚えていませんが、憶えているのがゆうくんが、座敷(畳部屋)に布団を丁寧に敷いているところです。その後、プールの続きでひたすら、寝ながらキスしたのを憶えてます。ゆうくんの甘い匂いと、そこにあるはずもない塩素の匂いのキスでしたが、幸せで、嫌な思いはありませんでした。キスしながらゆうくんの手が私の股間に延びて来ました。AVで観るような握るのではなくさする感じで。ちょっと痛かったですが、初めての感覚で嫌な思いはしませんでした。

ずっとキスをしていたのがあきたのか、私の身体を愛撫し始めました。小学生の私は初めての気持ちよさに自分でもびっくりするくらいの喘ぎ声を上げたのを憶えております。指先、腕、ワキと愛撫され本当に気持ち良かったです。

私の身体を一通り愛撫し終えて、隣で寝そべったので、私もゆうくうんの白い肌を舐めてみたいと思い同じ事を始めました。

まずは指から。すべすべの指を口に含むと、変な味がしてすぐにやめました、ゆうくんの味が変でショック受けたのを憶えています。ワキに行くと塩味が聞いていたのですが、本人がすごく喜んでいたので、重点的に行きました。そして、胸。当時胸はなんとなくいらしいことも分かっていたのか、必死で舐めました。ゆうくんのあそこから透明の液が出ていて、心の中で”気持ち悪い!”と思いました。
1

(無題)

投稿者:治人
削除依頼
2018/03/18 07:49:58 (DLsdQEig)
幼馴染みと言っても3歳離れた隣の家のミカちゃんとお医者さんごっこの延長で、小さきミカのマンコをよく悪戯してた。

マンコをいじっていると濡れてくるのに驚いた。
俺もある程度の性の知識を覚えた頃に膣の存在やクリトリスを弄くると女は気持ちよくなる事も知ってミカちゃんのクリトリスを弄ってたら、ミカの膣口ヒクヒクと痙攣する様に動くのを見てすごくいやらしく見えた。
2
2018/03/12 13:24:43 (FTQEogOO)
実家が新築するので、元俺の部屋に有った荷物を片付けに行った。

整理中に古い文集やアルバムが出てきて、当然の事ながら中を開く。

小学校の運動会で、俺と夏樹が手を取って踊っている写真があった。

夏樹とは小中と一緒の学校だった。高校2年の夏休み直前再開して

お互い童貞処女で焦っていた事もあり、初体験。その後高校時代は

セフレみたいな関係でした。

高校を卒業して10年。夏樹どうしているかな?と夏樹の実家のパン屋へ

行った。「いらっしゃいませ」キレイになっていた夏樹が店番をしていた。

「よ、久しぶり」と言う俺の顔を見て、「えぇ〜? 高木君(俺)?」と

大声を出す夏樹の声に驚いて調理場から男性が「夏樹どうした?」と

飛び出してきた。旦那さんかぁ、とちょっとがっかりした。

「同級生の高木君が現れてびっくりしたの〜」と言うと男性は苦笑して

調理場に戻った。

「実家がさ、建て替えるんで荷物片付けに戻ってきたんだ。
 夏樹、結婚したんだ。良かったね」

そういう俺に笑いながら

「あれ? お兄ちゃんだよ。私は行き遅れの独り身。」と答える。

お店終わったら飲みに行かない?と俺から誘った。

夕方、少し離れた繁華街で夏樹と待ち合わせて飲みだす。

なんか夏樹と話しているとホッとする、そう思っていると夏樹も

同じように思ったみたいだった。お互いに付き合っている人が居ない事は

確認していた。お店を出ると夏樹が腕を組んできた。

「ねぇ。久しぶりにしよっか」と上目使いで誘ってきた。

近くのラブホに入った。久しぶりの夏樹とのキスだ。当時していなかった

ルージュの香りと味をたっぷり味わって、一緒に風呂に行った。

高校時代より少し大きくなったオッパイに濃くなっていた陰毛に興奮。

軽く洗いあってから直ぐにベッドで愛撫開始。抱き心地が凄くいい。

夏樹のフェラはねっとりしていて、俺を感じさせてくれた。

チンポをクリやワギナにこすり付けていると、夏樹が竿を握り挿入を

促す。えいっ、と言う感じで奥まで一気についた。

前と比べて、と言うには久しぶりだったし、第一感触を覚えていない。

でも、「あぁ、春樹(俺)凄い。いい」と夏樹の大きな声が聞こえ。

夏樹の膣がねっとりと竿に絡みついた。俺は夏樹を抱き締めていた。

動くのも忘れて、膣の動きを味わっていた。夏樹が膝を持ち上げたので

夏樹の奥にあたった。子宮口の入り口が割れているのを感じる。

俺と夏樹はお互いの名前を呼びながら、腰を動かし合った。

そして中で発射。中出しだったけど、お互い抱き締めてキスをする。

再度挿れたままだったが大きくなって、再開。夏樹を抱き締めながら

座位から騎乗位に体位を変えた。手を握りながら腰を上下に動かすと

夏樹のオッパイが揺れる。少しして疲れた夏美の腰を手で前後に動かす。

「あ、こんなの初めて」と言いながら自分で前後に振り出した。

俺の陰毛がクリトリスを刺激して感じている様だ。再度中出ししすると

夏樹が俺に覆い被さるように抱きついてきた。

再び激しいキスをした。夏樹とこうしているのが自然に思えた。

小さくなって夏樹からぬけると、おれの精液が垂れてきた。

夏樹を抱き上げて浴場で洗う。夏樹が自分でワギナを開いてシャワーで

洗う。「出しすぎ。垂れてきちゃう」と笑顔で俺に言った。

ホテルを出ても夏樹は俺の腕を抱いていた。

「今度はちゃんと付き合わないか?」と夏樹に告白し付き合い出だした。

2ヵ月後の事。夏樹が

「春樹との子供産んでいい? 再開の日のHで出来たみたい」と言う。

二人で妊娠検査薬を買い、試すと陽性だった。

夏樹が心配そうに俺を見た。

「これは急がないと。夏樹の両親と俺の親に報告しないと。

 あ、その前に確認するけど、俺の嫁さんになってくれるよな」

夏樹は涙を流しながら頷いて、俺に抱きついてきた。


「高木夏樹って書き数いいのかなぁ。調べてから返事する」と

精一杯の憎まれ口をたたいた。

特に反対されることも無く急いで挙式を上げた。

夏樹は実家のパン屋で働き続け、俺は平日総長と休日に修行に励んだ。

下の子供が小学校に上がるのを機に会社を辞めてパン屋を開業。

まだ食べるのが精一杯だが充実した生活を送っている。
3
2018/03/07 12:33:05 (Kj81Pb/k)
「付き合おう。」

俺たちの間に、彼氏と彼女という間柄の契約が締結し、それから順調だったのは、最初の2か月だけだった。

2か月後、俺の携帯メールに「お父さんが連れてきなさい。」って言ってる。。とメールが入ったのだ。(早かったな・・とうとうこの日が来たか・・・)と覚悟したが、さらに俺の緊張に追い打ちをかけたのが、「履歴書を持ってきてって言ってる」とのことだった。

(りれきしょ・・・・・)と愕然した。

すでに書いた通り、俺の学歴なんて恥ずかしくて世間様に書けるようなものはなにもない。資格もない。それを一体、今更、なにが履歴書だ・・・。と思った。

しかし、書かないわけにはいくまい。

俺はネットで調べながら見様見真似で、、

〇〇市立〇〇小学校卒
〇〇市立〇〇中学入学
〇〇市立〇〇中学卒業
〇〇私立〇〇工業高校入学(定時制)
〇〇私立〇〇工業高校中退

職歴
有限会社〇〇入社  設備関係
一身上の都合により退社
株式会社〇〇入社 型枠大工
一身上の都合により退社
クラブ ダイアモンドダスト入店 ホール係
一身上の都合により退社
クラブ ウィズ ホール係
一身上の都合により退社
クラブ スカイブルー入店
現在就業中

資格:特になし

(・・・・・・こんな履歴書しか書けないのか俺は・・・・)と思った。

かといって、全然関係のない業種などを書いて改ざんしても、どうしようもないと思った。ただ、正直に誠心誠意ぶちあたり、、これから唯さんと出ったことをきっかけに、真面目に社会人として恥ずかしくない生き方をします!というしかない。と思った。

若かった。甘かった。熱意をもって訴えかければ、相手は理解してくれる。と思っていた。

父親面接の当日、俺はJR大塚駅に行き、唯と待ち合わせをした。昼の12時の時、それから俺と唯は、俺が押す車いすで徒歩10分少々の唯の邸宅へと到着し、そして1階リビングルームへと通された。

リビングルームのテーブルには、俺が来るということで昼食を一緒に。とでも思っていたのだろう。エビフライ、ハンバーグ、餃子、シュウマイ、サラダ等の豪華な料理が並んでいた。

料理はあと少しで出来るから。ということで、俺はさっそく、リビングルームの角テーブル(料理が並んでいないほうのテーブル)に案内され、そこにはすでに父親がいた。

俺は「こんんちは。酒井と申します」と自己紹介をした。すると唯から、あらかじめ少しは紹介されていたのだろう、「酒井くんだね、小学校の時は唯がいろいろお世話になったね」と笑顔だった。

俺は(和やかな感じで終わればいいが・・)不安が隠せないままでいたが、すると唯の父親は、「履歴書持ってきてくれたかな・・。こんなの書いてもらって申し訳ないんだけど、唯が普通の暮らしをできないのはわかっているよね。だから、相手がどういう人なのか知っておきたいと思ってね・・」というのである」

「はい。持ってきました。」とクリアファイルに入った履歴書をカバンから出して唯の父親の目の前に差し出した。そして老眼鏡をつけてそれを見る唯の父親だった。

「ふむ・・・・」

沈黙した空気が流れた。唯も母親の手伝いをしながら、不安と心配で、ちらちらと俺達のほうを見ていた。

父「え、と、定時制の工業高校を中退したのはどういう理由で?」 
俺「はい。。その当時、悪友とつるんでいる事が多くありまして、、警察へも何度かお世話になり、その影響で・・・」

父「具体的には?」
俺「窃盗と薬物所持です・・。」

父「何を盗んだの?」
俺「工場へシンナーを取りに行き、それが発覚し、後日、警察が家にきて逮捕されました」

父「・・・・」

父「それから社会に出て、、、けっこう短い時間で転職を繰り返しているようだけど、何か考えるところがあったのかな?」
俺「体力とか俊敏性はあるほうだと思っていたので、現場仕事なら自分に向いているかな。と思い、志望しました」

父「でも、続いてないね」
俺「はい・・・・」

父「それから、夜の仕事を始めているようだけど、これも続かなかった?」
俺「そうですね、、何度か転職を重ねています」

父「資格は?」
俺「特にありません」

父「そうですか。。。今こうして私から質問をされて、非常に気分が悪いと思う。でも、唯が普通の生活をできない。といったのはわかってくれるね? 例えば、何か事故やケガで病院に行かないといけないとき、車の免許もなくてどうする?」

俺「そうですね・・・」

父「君との再会の話は唯からよく聞いたよ。私も覚えている。あの車椅子事件(車輪を1個壊した件)の事も。友達として、とてもいい関係だったようだね。でも。はっきりと申し上げるが、、交際やどうこうという話はやめておきなさい。ただ友達との再会で終わらせておきなさい。」

母「ちょっと、おとうさん!!」

父「はっきり言っておく。私は別に君に、医者や弁護士である事を望んでいるわけじゃない。社会人として一人前の人であれば、唯を任せられると思っていたが、、、あまりに論外すぎる。今のままでは交際すら承諾するわけにはいかない。以上」

そして父親はその場を立ち去って奥へと消えていった。

ははは。。。無理もない。

久しぶりに出会って、意気投合して、、Hまでしちゃったけど。。

所詮、底辺のホストが、たまにラッキーな展開を味わっただけ。

こんなもんだ俺は・・・。

母「お父さん、ああいってるけど、気にしないでくださいね。あの、料理できましたから、一緒に食べましょうw いろいろ聞かせて小学校の時の話とか^^:」

俺「失礼します」

俺は唯の家を飛び出し、そのまま、俺はこれでもか!と腹の底から湧き上がる涙をこらえながら、巣鴨のほうを池袋方面に向かって走っていった。

そしてマンションの駐車場の影に隠れて、男がなさけなくも声をあげて大泣きした。あれほど涙があふれる事も初めてだった。ボロボロと俺の足元に大粒の涙がしたたり落ちて行った。

唯からのメールもなかった。後で聞くところによると、父親から、「連絡するのはやめなさい。これ以上、なまじ連絡をすればお互いのためによくない!」と言われたそうだ。あまりの父親の剣幕に、唯も怖くなって、とりあえず数日連絡するのをやめ、父親の顔色をうかがう他はなかった。とあの時の事を回想している。

俺はヤケになっており、(今月の給料でたら大阪帰ろっと。。。)とその日から仕事へ行くのもやめた。

いつもの俺に戻っていた。

そして居候している親父から、「働きもしないのなら出ていけ!!!」と言われ始め、、、俺は24にもなって家出をする事になる。

それからホスト仲間の間を転々とし、料金の払っていない携帯電話はそのまま利用停止。唯からの連絡を待つという希望も消えていった。

そういや、「二人で結婚資金をためようね」唯と二人で作った貯金通帳。その中に10万円入っていたな・・。10万あればもう少し生活できるな。なくなったら大阪帰るか・・)などと思っていた。

そして浮浪者のように町をブラブラしていたある日、俺は思わぬひらめきを得るのだった。

それは街中にあるコンビニの前のチラシ棚、そこに「合宿免許!!12万円〜」

(免許・・・・・・)

(そうだ。免許しかない。それに合宿免許に行けば、このまま放浪生活をしなくてもいい!!よし!!!)

それから俺は弟の弘明に連絡し、すぐに俺の住民票を取ってくるように依頼した。そして住民票は俺のホスト仲間のところに送ってもらい、、俺は(唯。ごめん!俺を信じて!!!)と結婚資金の10万を全部引き出した。

そして俺は手持ちの金と合わせて、関東甲信越地方の自動車教習所へ、お金の都合でAT限定しか受ける余裕はなかったが、俺は教習所へ通うことにしたのである。

中卒の俺。まったく漢字もしらなかった。すべての漢字を漢字辞典で調べ、執念での学科講習だった。

そして合宿免許場を一発合格し、(もともと無免許運転していたので車の運転には慣れていた)俺は大阪の古川橋にある門間運転試験場へと足を向けるのだった。

死ぬ気で覚えようと努力をすれば、人間なんとかなるもんだ。俺は合格点こそしらされていないが、98点か100点で試験は合格したと自信を持っている。

俺は堂々と運転免許証を受け取り、、(さて、、これからどうするか・・・)と京阪古川橋から淀屋橋にいく電車の中で、これからの事を考えていた。

つづく
4
2018/03/05 12:11:00 (FW.RgMi1)
今から20年前の話。俺は小学校5年だった。5年になってからのクラス替えで、俺はあのめんどくさい、荒木唯から解放されて、「やっと今日から放課後に遊べるぞー!!!」と喜んでいた。

その頃、俺は3年から4年の2年間、ただ家が近いから。という理由で強制的に生まれつき足の不自由な、「荒木さんの車いす係」に任命され、俺は放課後に友達とサッカーやドッジボールも出来ず、俺はいつもブツブツ文句を言いながら荒木を家まで送っていたのだった。

いつも荒木は「ごめんね、ありがとう」と俺に言っていたが、俺は荒木の問いかけをすべて無視し、「行くぞ」と「着いたぞ」の2言しか言った記憶がない。

たまに荒木の親が、俺の家に「いつものお礼」ということでお菓子などを持ってきてくれることもあったが、俺はそんなお菓子なんかよりも、ただ放課後に友達と一緒に遊びたかった。俺の小学校3年、4年はそんな感じだった。

そしてクラス替えによって、荒木から解放された俺は、小学校5年、6年という2年間、俺は自由に放課後に遊べる身分となったのだが、6年生の夏休みが始まる前、俺はこの先の人生に大きな影響を与える出来事と直面してしまう。

それは夏休みが始まる最後の授業の日、みんなが帰りの準備をしているときに、隣のクラス(荒木が居るクラス)の女子から、「ねぇねぇ、酒井君。荒木さんが、今日一緒に帰りたいって」と言ってきたのである。

俺は「は?ふざけんな。きもいんじゃ。お前(隣のクラスの車椅子係)が行きたくないから俺に擦り付けようとしてるんだろ」と、そんなセリフを荒木がいる目の前でその女子に言い、俺はすぐその場から立ち去り、明日から夏休み。ということでテンションが上がっている男友達の輪の中に入っていったのだった。

それから長い夏休みはあっという間に終わっていった。

夏休みが明けた時、俺は夏休み明けの最初の登校日、朝の朝礼の時に先生がいったことはこうだった。

「お前ら知ってるな。隣のクラスの事だけど、荒木がお父さんの仕事の都合で、東京へと引っ越した。隣のクラスでは定期的に手紙を書くそうだが、お前らもクラス替えの前とかは荒木と一緒だったので荒木に手紙を書きたいっていう人は、B組の島田のとこに行ってくれ」

と言ってきたのだ。

俺は(え。。。あの時、最後でもう会えないから、俺と一緒に帰りたかったのか・・・なんで?俺と・・?)と思った。俺はそのあと、隣のクラスの島田(元荒木の車椅子係)に、「なぁ・・・」と声をかけると、「話しかけないでよ。最低男」と冷たく突き放されたのである。

聞くところによれば、荒木は常日頃、島田を始めとする一部の中のいい女子に、小学校3年から4年間は、とても安心して家に帰れた。とか、酒井君がいてくれるから悪い男子にいじめられないで済んだ等、そんな俺への感謝の気持ちを語っていたらしい。

そして夏休みが終わったら転校してしまう。という最後の日に、俺に今までの感謝の気持ちを書いた手紙と、ささやかなプレゼントを用意していたとのことだった。

それは島田とは別の女子が預かっていたらしく、俺は数日経って、その現物を手にすることになるのだが、それは俺が当時ハマっていたアニメキャラクターの、筆箱、ペン、下敷き、消しゴム、等の文具用品だった。

そして手紙にはこう書いてあった。

「酒井君。私、夏休みが終わったら東京へ引っ越しするんだ。もう会えなくなっちゃうね。でも、3年生から4年生までの2年間、いつも一緒に帰ることができて、私はとても楽しかったです。あの時の事、覚えている?一緒に車いすでダッシュして笑いながら帰っていた時、いきなり車いすのブレーキが壊れて、車輪が1個動かなくなった時、あの時酒井君は自分の家に自転車を取りに帰ってくれて、私を後ろに乗せて帰ってくれたでしょ。そして車いすもあとでちゃんと取りに行ってくれた
よね。でも荒木君はあの後、私の車椅子でダッシュして壊したっていうことで、(私の)お父さんと先生にも怒られたけど、私には怒られたこと何も言わなかったよね。。あの時の事は私の中でのかけがえのない大切な思い出です。ほんとうにありがとう。夏休みが終わったら私は東京に行ってます。私も頑張るから、酒井君も頑張ってください。」

俺はあれほど、自己嫌悪したことはなかった。涙も出てこなかった。正直、小学校6年の俺の未成熟な精神では、この出来事をどう処理していいかわからなかった。携帯もメールアドレスもない世界の事である。今更何をどうしていいのかもわからなかった。

そして俺は、荒木の事は思い出そうとせず、キャラクターの筆記用具は弟に上げ、、そして手紙は学習机に放置し、気が付けば行方が分からなくなっていた(実は母親が保管していた)

それから俺は中学へと進学し、覚えたのは因数分解ではなく、窃盗。原付を直結する方法、ハサミを使って強制ロック解除する方法。それから他校との喧嘩。そして工場へとシンナーを盗みに入り、逮捕。そして鑑別所。

高校は定時制高校へ進学したが、俺の怠慢な性根で1年目で中退。家庭環境も悪くなってきて、両親は別居。特に母親と仲が悪かった俺は、現場仕事などを寮生活をしながら転々とし、そして最終的には持ち前のプライドの高さから、「俺には現場よりも夜の仕事のほうが向いている」などと思い込み、キャバクラのボーイとして末端の社員として働く。そんな転落人生が待っていた。

そして24歳になった時、(今から6年前)俺は(当時、別居したオヤジが東京で仕事をしていた)実家からとにかく出ようと、オヤジのところに流れ込み、そして東京でも生まれ持っての関西弁を使って「関西弁ホスト」という名目で自分を売り出し、歌舞伎町のさびれた店で、ここでも末端のホストをやっていた。

そしてある日、衝撃的な再会に巡り合ってしまうのだった。

その日、俺は客だった厚化粧のケバい女と朝の新宿でナイト明けで眠たそうにコーヒーを飲んでいた時の話である。調子にのってビルの1階にあるガラス張りのコーヒー専門店で、女と店の愚痴などを言いながらサンドイッチとコーヒーを飲んでいたら、ガラス張りから見える店の前の道路に、20組(車いすと、それを押す人)くらいはいる大量の車椅子集団が俺の視界を横切ろうと遠くから接近してきたのだった。

見た感じ、車いすのなんらかのグループの東京見学っていう感じか、そんな風に見えた。俺は女に「なんかゾロゾロきたぞw」というと、女は「なになに?足の不自由な人の旅行?なにあれ」てな感じで言っていた。

そしてその団体が遠くから店の前に近づいてきたとき、その20組はいる車いす集団の先頭に、自動車いすで自分で運転する、俺と同じ年くらいの、きれいな黒髪で、顔だちの整った美人が、

「今から都庁を見に行きます〜!みなさん、邪魔にならないよう、歩道の右側を通ってくださいねー!」と、その車いす集団を指揮(観光案内?)しているのだった。

そして俺は見逃さなかった。その車いすの側面には、名前が書いたステッカーが入っていたのだが、そのステッカーに、「荒木唯」と書いてあるのを!

俺はガバっと!!!席を立ちあがり、思わず店の外に出た。20組の車椅子集団はもう俺の目の前は通り過ぎており、俺からは歩いていく背中しか見えなかった。

ただ、その車いす集団は旗を持っていて、その旗に「自助グループ 〇〇育英会」(仮名)と書いてあるのを見逃さなかった。

(え、、もしかして。。。あの荒木か・・・? まさかな・・・・)と俺は驚愕した。背後で女が、「何急に出て行ってからさー。コーヒー代おごらせようって魂胆だろ。結局はらちゃったけど・・」と背後で何か言っていた。俺は「うるさい」と言って、俺は複雑な、、そんな小学校6年のあの時に似た感覚を持ちながら、俺は一人暮らしの家へと帰っていった。

そして俺はネットで「自助グループ 〇〇育英会」を検索している俺がいたのだった。

つづく



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