「ピンポ～ン」

翔は、玲衣の自宅の前で暫く佇んでいた。
誰も応答に出ない・・・どうしてだろうか？　　翔は帰ろうかどうか迷っていた。

「あ、あのぉ・・・」

以外にも、返事が来たのは翔の背後からだった。

「は、はいっ？」翔は、驚いて返事のする方に向き直った。そこには、中年の
女性が立っていて、遠慮がちに翔の方を観ていた。

「あの、こちらの御宅、今日は留守なんでしょうか？」

すると、女性は困った様な顔をして「お友達の方なんですか？」と何だか話が
繋がらない返事をしてきた。

それには、翔の方が困ってしまい、「ええ、まぁ・・」と、言葉を濁していると、
すかさず、「それじゃぁ、旦那さんも連絡出来てないわね・・」と、１人で納得し
て頷いていた。
「あの、いったい連絡って？」翔が、まったく状況が掴めないでいると、女性は
「たぶん、もうココには戻って来ないと思いますよ。急な事だったから、旦那さん
も大変だとは思いますけどね」
「奥さん、自殺なさったのよ・・・何だか、浮気していたのが原因だそうですけ
ど。」　

その女性は、ちょっと軽蔑する様に眉間にシワを寄せながら教えてくれた。

「それで、れ・・あの、奥さんの容態は？まだ入院してるんでしょうか？」

足が震えているのが分かる。何とか、女性に気付かれない様に、両足を踏ん張りな
がら、まさか、その原因を作ったのは自分です、とは言えずに話の続きを
待っていた。

「私も、詳しい事は知らないけれど、車に飛び込んだらしいのよ。
旦那さんと、同じ会社に勤めてる人に聞いたら、助かったけど脳の後遺症が
酷くて、身体も不自由になったみたいよ・・気の毒にねぇ。」

（でも、どこまで本当なのか分からないじゃないか・・・どこまで・・）

翔は、その女性の話を聞いて、自分が原因でこの家族を破滅に追い込んだんだ
という事実を、改めて認識した。
でも、本当のことは・・・本当の玲衣の容態は、どうなっているんだろうか？

「それで、旦那さんも付きっきりで介護しなきゃならないとかで、この間、
ココを引っ越すって、挨拶に来られたのよ。お子さんも観なきゃならないし、
旦那さんの実家で暮らすんですって。」

その中年女性は、翔に対して、やたらベラベラと話し出した。
最初の大人しそうな、オドオドした印象とは全然違う。やっぱり、この手の話は
好きなんだろう。他人の不幸は蜜の味。とは、この事だ。

翔は、この女性を軽蔑しつつも、一礼して帰路についた。
途中、何処を通ったか、どうやって帰ったか、全く覚えていない。
足が、フワフワして宙に浮いている様に感じられた。

玲衣・・・１人の、笑顔の絶えない家庭の主婦が、２人のセフレに出会い、
その性癖に翻弄され、最後は、自らその人生を断ち切ろうとして、家庭を破滅に
追い込んでしまった・・・。他に、解決の方法は無かったのか？
『死』しか、選択の余地が無い程、玲衣は、心身共に痛めつけられていたのか？

でも、紛れも無く、その原因は、自分が作ったんだ。自分が原因で・・

翔は、ベッドに伏せて肩を震わせて泣いた。頭の中には、玲衣の笑顔が浮かんでは
消えてゆく。もう、この笑顔も見られないのか。


数日後、翔は、玲衣の入院してる病院に居た。

玲衣を観て、ショックを受けるのは分かっていた。でも、探し当てた玲衣は、
子供の様な、無垢な笑顔で車椅子に座っていた・・・もう、周囲の眼を気にしなく
ていい、そう感じているのだろうか。
車椅子を押して歩いている連れ合いと、これからが本当に解り合える関係に
なっていくのだろう。
生前、玲衣が言っていた・・（旦那は、私のこと分かってくれないの。理解して
くれないの・・・）　　　こんな形になって初めて、解り合える関係になれるなん
て、ならなきゃ生活していけないなんて、人生って皮肉だ・・・。

翔は、そんな事を考えてるうちに、たちまち視界がボヤけてきて、その場を
急いで去っていた。


ごめん。本当に、申し訳なかった・・・玲衣。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―　終わり　―

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