慎二は舞子に電話をかけた。数回呼び出し音を聞くと、繋がった。
　その直後に聞こえてきたのは、喘ぎ声であった。
「もしもし」
　という声も、ようやく絞り出したような感じで、荒い吐息が混じってい
た。のみならず、彼女の声の後ろからは、ベッドの軋む音が聞こえた。
「あ、今、してるのか」
　慎二は半ば呆れながら言った。
「うん。拓也に入れてもらってる」
　舞子はそう言った瞬間、一際大きな声を挙げた。更には、肉と肉が激しく
ぶつかり合う音が聞こえる。舞子は、あんあん言いながら、後ろにいるらし
い拓也に、ちょっと待ってということをしきりに言っている。
「今から行くよ」
　仕様がないので、慎二は声や音を無視して要件だけ言った。舞子は相変わ
らず妖艶な声を漏らしながら、わかったと応え、それで通話を終えた。
　慎二は、全裸で電話を手にして、拓也に責められている舞子の姿を想像せ
ずにいられなかった。携帯電話を折りたたむと、慎二は、いつの間にか勃起
していたことに気付き、苦笑した。
　慎二が舞子と出会ったのは、彼がそれまで交際していた女と別れた直後だ
った。彼は、別れた淋しさを紛らわしたくて、親友の拓也を飲みに誘った。
そのとき拓也にくっついてきたのが舞子であった。拓也は照れくさそうにし
ながら、
「無理矢理ついてきやがった」
　と言って舞子を紹介した。舞子は、いかにも快活な娘らしく、自己紹介を
した。
「舞子です！」
　にこにこと愛敬を振りまいていた。彼女は小柄で、線の細い小娘である。
薄く茶に染めた髪を後ろでまとめている。小さな顔に占める瞳の割合が大き
い。その瞳を、二重まぶたから伸びる長い睫毛が飾っている。美人と呼ぶに
相応しい顔立ちをしている。
　舞子は拓也の、慎二とは別方面の友人で、拓也はよく会って遊んだり酒を
飲んだりするが、慎二は会ったことがなかった。慎二としては、恋人と別れ
て淋しいなどという話を、初対面の、しかも女性の前でしたくなかったが、
そこで追い返すわけにもいかないので、社交家らしく振舞って、いいよいい
よと笑って、自分も舞子に自己紹介をした。
　慎二は、一緒に来た二人を見て、はじめは恋人同士なのだと判断し、知ら
ぬ間に女を作っていた親友を水臭く思った。ところが、よく話を聞くと、二
人はあくまで友人同士であると言った。それでも慎二は、それを照れている
ためだと解釈した。しかし、やはり恋人ではないという。釈然としなかった
が、結局は、どちらでもいいという考えに至った。傍から見て、友人以上の
親密さを持っているのには違いなかった。
　舞子は酒が好きな女で、慎二の前でもよく飲み、すぐに陽気になった。慎
二も酒好きでは負けず、且つそのときは舞子がどんどん酌をするから、自然
と勢いは増した。二人はすぐに酔っ払い、初対面とは思えぬほどに打ち解け
た。はじめ、別れた話をするのを憚っていた慎二は、勢いに任せてそのこと
を打ち明けた。すると拓也も舞子も、素直に慎二に同情した。
「そんなら、慰めてあげなくっちゃね」
　舞子はさらに慎二に酒を注いだ。慎二はそれを受け、ぐっと飲み干した。
「他の女にも目を向ける良い機会だと思えよ」
　拓也はそう言って励ました。慎二は、別れた女のことを心底愛していたの
で、そんなことそう簡単に出来るものかとは思ったが、確かにその通りだと
も思った。
　舞子は突然身を乗り出して、自分のことを指差した。拓也の言った、他の
女、というのに立候補する仕草であった。慎二は、舞子ほどの器量の持ち主
であれば悪くないと、一瞬真面目に考えたが、彼女が冗談でそういうことを
しているのはわかっていたので、わざと嫌そうな顔をして見せた。すると舞
子もわざと不服そうな顔をして、慎二を小突いた。二人は笑った。
　大分酔って、時間も遅くなって、飲んでいた店を出た。慎二は、舞子とい
う思わぬ美女と楽しいひと時を過ごした満足を心に得たまま、帰ろうとし
た。すると舞子は拓也に何か耳打ちをした。何かと思うと、拓也は、
「俺たち、これからこいつのうちでやるけど、一緒に来る？　３Ｐに興味が
あるんだとさ」
　と言った。舞子は恥ずかしそうに、拓也の後ろに隠れて紅い顔をして、し
かし慎二を見つめて微笑んでいた。慎二がその言葉の意味を理解するのに
は、時間がかかった。