昨日の残り湯が若干の濁りとぬめりを浴槽に張り付けていた。鎖を引き上
げゴム栓を抜く。営々と築き上げた信頼が一点から流れ出した。最初は静か
に音も立てず始まり、半ばを過ぎる頃には渦と成って加速度的に流失する。
ジー ズーズー音を立てると全てを流し出した。残されたものは内壁に張り
付いたぬめりと境界を際立たせる垢の輪だけと成った。洗浄剤の泡を吹きつ
け繕うようにスポンジを這わせる。禁断の喜びに溺れる自身の恥部を洗い流
す様でもあった。全身から滲み出る欲望のぬめりと違い、シャワーで剥がれ
落ちた。キュッキュ 清潔をイメージさせた。『現実の世界もこう有りたい
ものだ』未練がましい思いが脳裏を巡った。つい数週間前までは、男にもそ
れなりの家庭があったのだから。贅沢を言わねばそこそこ幸せな家庭があっ
たのだから。浴槽にお湯を落としながら男は虚ろな視線を底ではじける水に
注がれていた。