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1:可愛い弟子 40
投稿者:
タカ
◆mqLBnu30U
――第40話――
いつの間にか横になっていたらしい。 何かあったのかしらと、心配しているうちに、シホは、うつらうつらと眠り込んでしまった。 ファミレスで別れたきり、タカは戻ってこない。 驚かせようと思っていたから、部屋の中は真っ暗なままだった。 テレビの電源も切ってある。 暗闇の中にぼんやりと視線を漂わせた。 さっきまで眺めていた白い裸体が、暗い空間に残像のように甦る。 久しぶりに見たミノリは相変わらず細くて白かった。 意外なほど子どもらしい顔つきだったミノリは、ペニスを頬張る仕草にも、まだ初々しさがあった。 当たり前だ。 きっとあれは、ツグミと一緒にいた頃のミノリなのだ。 笑うと口元に八重歯が覗く可愛らしい子だった。 いつもツグミの傍から離れなくて、姿が見えないと泣いてばかりいた。 そのくせツグミを奪われそうになると、豹変したように凶暴になる。 よく揉め事を起こして和磨から折檻されていた。 母親と一緒に脱走したと聞いたときは正直ホッとしたけれど、まさかコトリと同じ施設に収容されていたとは思わなかった。 そのミノリがコトリの首を絞めて殺しかけた。 間違えたのだ。 きっと、ミノリはツグミとコトリを間違えたのに違いない。 似ているけれど、ふたりは違う。 ミノリは、Thrushにいた頃から、少し精神を病んでいた。 とても気の弱い子だった。 哀れには思うけれど同情は覚えない。 理由はなんにせよ、コトリを手に掛けたことだけは絶対に許せない。 あのひとが教えてくれなければ、そんな恐ろしいことがあったことさえ、わたしは知らずにいるところだった。 4年前・・・。 『コトリがっ!?』 父に言われて、五所川原のメモリーカードを重丸に渡す役目を任された。 『ちょっと待って!どうしてあの子がそんな目に!?』 重丸と会っていたのは、彼が指定してきたホテルの地下駐車場。 『詳しい原因はわからん。だが、取りあえずコトリちゃんの命に別状はないから安心しろ。』 安心って・・・。 『安心できるわけないじゃない!あなたを信じて置いてきたのに、こんな事になるならわたしと一緒にいたほうが安心できたわよ!』 そんなことができないことは、わたし自身が一番わかっていた。 あの子をわたしと同じ目に遭わせたくない。 その思いだけで必死に堪えていた時期だった。 『落ち着け。取りあえずコトリちゃんは無事なんだ。首を絞めた子も今は違う養護施設に送致してある。同じ事件が起きる心配は、もうないんだ。』 園を出てから4年が経っていた。 たまにこっそりと物陰から眺めたりしたことはあったけれど、あの子を腕に入れなくなってから久しかった。 胸に抱いていた頃の温もりは、いつまで経っても消えてくれなくて、思いっきりコトリを抱きしめることのできない切なさに枕を濡らす日々が増えていた。 会えば不幸にしかならないとわかっていたけれど、どうしてもあきらめることができなかった。 そんなときにコトリが殺されかけたと聞かされた。 普通でいられるわけがなかった。 『誰なの?・・・。』 コトリに手を掛けた相手の子が許せなかった。 『それを知ってどうする?お前には関係ないことだ。』 『関係ないわけないでしょ!?コトリはわたしの子なのよ!ねえ!誰なの!?いったい誰がコトリにそんなひどいことをしたのよ!?』 相手の子を殺してやりたい。 ううん・・そんなこと、ほんとは思ってなかった。 あの子のそばにいてやれない自分が情けなかった。 そばにいて助けてあげられなかった自分が、呪わしかった・・・。 『お前にそんなことが言えるのか!?お前は、あの子を捨てたんだぞ!あの子を見捨てて、アイツの元に帰ったんだぞ!』 その頃の重丸は、わたしの素性を知っていた。 再会した彼に、ある程度の事情は打ち明けていたからだ。 父と旧知の仲だったことはわたしも驚いたけれど、それは重丸も同じだった。 いいえ、彼のほうが何倍もショックを受けていた。 高校時代のライバルはヤクザになり、まだ幼い自分の娘に売春を強要するようなひとでなしになっていた。 正義感の強い彼がショックを受けないはずがなかった。 でも、すでに政界に転じようとしていた彼に、打つべき手なんてなにもなかった。 彼の頼みとしていた政治家たちは、みんなうちの顧客だった。 何もできないとわかっていたから、事情を打ち明けることもできた。 それは、父からコトリを守ってもらうためだった。 『仕方がないじゃない!そうしなければコトリだってわたしと同じ目に遭わされるのよ!置いてくるしかないじゃない!助けたいから置いてきたんじゃない!』 半分はほんと、半分は嘘。 コトリを守りたかったのは嘘じゃない。 でも本当のところは父に会いたくて、自分から逃げ出したのだ。 もし、あのときわたしがコトリを連れて一緒に逃げていたら、重丸が運ぶトランクの中に入っていたのはわたしではなく、コトリだったのかもしれない。 『お前が、正直に打ち明けてさえくれていれば・・・あのとき、アイツのことを教えてくれてさえいれば、まだ、救うことはできたんだ・・・。』 確かにそうかもしれなかった。 出会って間もない頃であったなら・・まだ父が政治家たちを後ろ盾としていない、あの時期であったなら・・、彼にだってなんとかすることはできたのかもしれない。 でも、再会した頃の重丸には、もはやそんなことは不可能になっていた。 その頃の彼は、身の丈に合わない大きな力を手に入れようとして、自分の信念を曲げざるを得ない状況に追い込まれていた。 だから、彼だって、わたしを責めることなんてできなかった。 案の定、彼はすぐに口を噤んだ。 わたしがコトリを捨ててしまったことを後悔していたように、重丸もまた、強大な力を得るために自分の信じる正義を捨ててしまったことを後悔していた。 重丸と久しぶりに再会した日のことは、今でもよく覚えている。 県の臨海工業地帯造成工事が決定する2ヶ月前、意外なところで、わたしたちは再び巡り会うことになった。 父が五所川原に食いついてから3度目のプレイをしていた日だった。 ホテルの一室で、わたしはいつものように五所川原のオモチャにされていた。 何をされても逆らうなと、父から言われていたわたしのお尻の穴には大きなバイブ。 後ろに回した両手には手錠をはめられて、胸には幾重もの縄が巻かれていた。 お尻は鞭で打たれて真っ赤になっていた。 ヒリヒリと痛むお尻を強く握られながら、わたしは五所川原のお腹の上で喘いでいた。 お爺ちゃんだから、簡単に大きくはならなかった。 大きくならないくせに、五所川原は自分の身体でわたしを虐めたがった。 五所川原の腰に巻かれていたのはペニスバンド。 大きなディルドで下から串刺しにされ、お尻の穴にバイブまで入れられて、わたしは五所川原のお腹の上で悶絶していた。 子供にあんな非道いことがよくできる。 でも、それが彼らの愉悦。 興奮しきって、わたしを突き上げることをいつまでもやめようとしない五所川原の心臓が、いつ止まってしまうのではないかと、そればかりが気がかりでならなかった。 どんなに非道いことをされたって、慣れていたから苦じゃなかった。 身体は未熟なままだったけれど、セックスはベテランになっていたし、変態的な行為にも慣れていた。 父の愛し方に比べれば、あんなお爺ちゃんがしてくることなんて子供のお遊戯みたいなもの。 だから、全然平気だった。 精一杯、身悶えながら泣いてあげた。 甘い声で、許してくださいと、壊れたテープレコーダーのように何度も繰り返してあげた。 皮膚が乾燥しきった染みだらけの老人は、終始、喜悦に歪んだ笑みを消すことはなかった。 そこは誰にも邪魔されない彼だけの城だった。 ホテルのオーナーから提供されていたプライベートルーム。 そこで五所川原は、父が差し出す子供を気の済むまで嬲り、犯すだけでよかった。 もっと極端なことを言えば、子供を殺してしまうことだってできた。 彼には、それだけの権利が父から与えられていた。 利権絡みの情報と引き替えに与えた権利だった。 もちろん警戒心の強かった五所川原は簡単に情報を漏らさなかった。 だから、わたしが送り込まれた。 彼の性癖を満足させて、なおかつ彼の口走る情報を生きて持って帰ることのできる子供。 そんなことができるのは、わたししかいない。 不思議と身体は幼いままだった。 背も低いままだったし、胸は膨らんでいたけれど、標準的なサイズからいえばずっと小さな方だった。 おかげで娼婦らしく派手なメイクをしてしまえば、年齢なんか簡単に誤魔化せた。 きっと五所川原は、最後までわたしを子供だと信じていのに違いない。 もう16歳になっていた。 でも、わたしはいつまでも子供の姿のままで、そして、いつまでも父の傀儡のままだった。 その日もトリヤマが、トランクに詰めたわたしを部屋まで運んでくれた。 でも、帰りは違う男がわたしを運ぶことになっていた。 本間会と繋がりのあった五所川原は、阿宗会の一員であった父たちとの接触を嫌い、わたしの受け渡しを第3の男にやらせることにした。 五所川原の地盤を引き継ぐかもしれない期待の新人、彼の子飼いの部下。 五所川原には、その新人に足枷をはめる目的もあったのだと思う。 主人の蛮行を知って、なおも口を噤むようならば、これからも信用できる。 でも、そうでないのなら、期待の新人くんは、父たちの手によってすぐにでもこの世から消されていたかもしれない。 ドアがノックされて、期待の新人が現れた。 そこに現れた男の顔を見て驚いた。 銀縁メガネの奥に輝いていた涼しげな瞳。 シホお姉ちゃんと同じ目をした男は、五所川原のお腹の上で無様に悶えるわたしの姿をその瞳に映して、真っ先になにを考えたのだろう。 重丸は、目を見開いて声を失っていた。 予想もしていなかったことだから、わたしだって悲鳴を上げることさえ忘れていた。 結果的には、それが良かった。 顔を背けて俯いてしまったわたしを、五所川原は恥ずかしがっているものと勘違いした。 わたしと重丸が知り合いだなんて気付きもしなかった。 驚いていたのは重丸も同じだったけれど、すぐに平静を装い、表情に出さなかったのはさすがだと思う。 五所川原は、やめるなと、わたしにいった。 拒むことはできなかった。 でも、もう声を出すことはできなかった。 震えるわたしが五所川原には面白くてならなかった。 いつになく乱暴に突き上げて、愉快げに声を出して笑っていた。 重丸は、ひと言も声を出さなかった。 彼は、彼の後ろ盾とする醜悪な老人の蛮行が終わるのを、ひたすら声を殺して待ち続けた。 無表情な重丸の態度が、五所川原にはつまらなくなったらしい。 ようやく飽きてくれて、わたしは解放された。 手錠が外され、重丸の見ている前でアナルからバイブを抜いた。 その太さと大きさは、彼の目にどのように映っていただろう。 胸に巻かれた縄を外すのに苦労していると、重丸が手伝ってくれた。 わたしの背中で黙々と縄を外す重丸の姿を五所川原は満足げに眺めていた。 子飼いの部下は、完全な忠犬となった。 五所川原の為に汚れ仕事もこなす忠実な犬であることを証明した。 重丸は、五所川原のテストに合格したのだ。 重丸の見つめる目の前で着替えた。 床に落ちている縄やバイブを拾って、トランクの中に仕舞い込んだ。 来たときと同じようにその中に隠れると、ふたを閉めてくれたのは重丸だった。 彼は一切、わたしに話しかけなかった。 目を合わせようともしなかった。 ただ一度だけ、トランクのふたを閉めるときに見上げていたわたしと目が合った。 その時の彼は、怒っているような悲しんでいるような不思議な目をしていた。 重丸にトランクを引かれて、わたしは部屋を出た。 『生きていてよかった・・・。』 エレベーターに乗せられて下に運ばれるとき、やっと重丸が口を開いた。 悲しげな声だった。 『コトリちゃんは、元気だ・・・。』 その声を聞いて、わたしは泣いた。 もし、コトリのことがなければ、わたしは重丸とこれほど深い接触を繰り返すことはなかったかもしれない。 それからというもの、重丸からは、ことある毎に父から離れろと忠告されてきた。 青春時代をともに過ごしながらも、その頃はすっかり敵同士だったふたり。 何を言われても、わたしは耳を貸さなかった。 父を欲しがって堪えきれない夜を過ごしたあすなろ園での暮らしが身に染みていた。 あの時の切なさがいつまでもわたしを父から離さなかった。 でも、コトリが大きくなるにつれて会いたい気持ちが大きくなっていくと、いつからかわたしは父とコトリを天秤にかけるようになっていた。 そして、次第にコトリへの傾斜が大きくなり始めていた頃に、コトリの事件が起きたのだ。 『2週間ほど前に駅で保護した女の子だ・・・。』 『え?・・・。』 重丸は、興奮していたわたしを落ち着けようとしたのかもしれなかった。 溜め息を吐きながら、コトリを襲った女の子のことを教えてくれた。 『深夜の駅をさ迷っていたんだ。真っ白な服を着て、裸足でホームをうろついていた。今のお前と同じくらいの歳の女の子だ。お母さん、お母さんと言うだけで、他には何もしゃべらない子だった。だから、その子が何者なのか、今もほとんどわかっていない。どうしてコトリちゃんにあんなことをしでかしたのかも同じだ。精神的に不安定そうな子だから、発作的にあんな・・・。』 『ミノリだ。』 真っ白な服と聞いて、すぐにわかった。 『え?』 『それってミノリだ。』 ミノリは、異常に白い服ばかり着たがる子だった。 『お前・・・その子を知ってるのか?』 意外そうな瞳が見つめていた。 その瞳を見つめ返しながら、頷いた。 『2週間前にうちから逃げ出した子。今もみんなで捜してる。』 『逃げ出したって・・・どこから?』 わたしはすぐに口を噤んだ。 重丸には、ほとんどのことは話していたけれど、Thrushのことだけは、ひたすら存在を隠していた。 だから、わたしたちがデリバリーされることは知っていたけれど、その供給元がどこであるかまでは掴んでいなかった。 あそこだけは口が裂けても言えなかった。 Thrushの存在を教えてしまったら、わたしの帰るところがなくなってしまう。 押し黙ってしまったわたしを見て、重丸は大きな溜め息を吐いただけだった。 政治家の傀儡に落ちていた重丸は自分の無力さをわかっていた。 わかっていたから、彼はできもしない大言壮語を吐いたりはしなかった。 それだけでも、彼の誠実な人柄がうかがえる。 本当の悪人とは、できもしないことを平気で口にするひとだ。 騙すことに慣れているから、どんな大きな嘘だって平気で口にできる。 これまで嫌というほど、そんな大人たちを見てきた。 政治家なんて、まさしく嘘つきな大人の代表みたいなものだ。 その政治家に、わたしは命を狙われていた。 『どうして?・・・。』 『お前らは、やり過ぎたんだよ・・。越えてはならない一線を越えてしまったんだ・・。』 重丸は淡々と話してくれた。 五所川原を騙したことでわたしがとても危険な状態にあること。 タイペイマフィアがわたしを捜していること。 そして・・・。 『なあ、ツグミ・・。』 みんなは、わたしをツグミと呼んだ。 父もトリヤマも、Thrushにいたみんなも、そしてわたしの素性を知ってからはこの重丸でさえも、わたしを「ツグミ」と呼ぶようになった。 『お前に話したかったのはコトリちゃんのこともあったが、もうひとつ大事なことがあるんだ。』 あの日、重丸がわたしにだけ、そっと教えてくれたこと。 『和磨は、明日から消える・・・。』 その企みをわたしは父に教えなかった。 父を愛していたけれど、それよりもコトリと一緒に暮らしたい気持ちが強かった。 コトリが殺されかけたと知ってからは、なおさらだった。 それを期待して、重丸は教えたのだろうけれど・・・。 『ずっとコトリと・・・一緒にいられる?』 『ああ・・・。』 向けられていたのは、シホお姉ちゃんと同じ瞳。 わたしは決めた。 『三日後だ。三日後に必ずコトリちゃんと一緒に迎えに来る。』 その言葉を信じた。 ううん、シホお姉ちゃんを信じたんだ。 わたしを守ってくれたやさしいお母さん。 コトリの名前を授けてくれたマリア様。 『今日から僕が、君たちのお父さんだ。命に替えても必ず守ってやる。だから、僕を信じてくれ。』 約束の三日後、大言壮語を言うことのなかった重丸が自信満々に約束してくれた。 罪深さはあったけれど、後悔はなかった。 その日、わたしは長年住んだ街を重丸とともに離れた。 腕に中にしっかりとコトリを抱きしめながら・・・。
2015/06/08 21:42:26(PGv6IB01)
投稿者:
タカ
◆mqLBnu30U
――第41話――
やけに静かだった。 だだっ広い病院のロビーの中。 救急指定だから、天井にわずかばかりの灯りが残されている。 ひとの姿はなかった。 シゲさんとオレだけが、この世界から取り残されたように、ぽつんと待合室のイスに座り込んでいた。 ぐびり、と隣りでコーヒーを飲み干す音が、ひどく耳障りでならなかった。 シゲさんが静かに語ってくれた真実。 シホが少女売春? コトリが近親相姦の果てに産まれた子供? んなアホな。 シゲさん、冗談はやめようぜ。 だってシホとコトリだぜ? あの天然スチャラカコンビだぜ? だって、あいつ等あんなに嬉しそうに笑うんだぜ? だって、あいつ等オレのために、あんなに尽くしてくれるんだぜ? だって、あいつ等・・・だって・・・だって・・・・。 自分でも泣いていることに気付かなかった。 「辛いだろうが、それが真実だよ。」 そんな真実・・聞きたくねえよ・・・。 俯くしかできなかった。 見る間に広がっていった足元の溜まり。 涙どころか鼻水までがボタボタ垂れていた。 「シゲさん・・シホって・・幾つなの?・・」 途中から・・・歳なんか、わかんなくなっちゃったよ。 あいつ、いったい幾つなんだよ?・・・。 「いま、二十歳だ・・。11歳でコトリちゃんを産んで、それから9年が過ぎた・・・。」 「はは・・・11歳って・・。」 いまのコトリとふたつしか違わねえぞ。 いつからこの国は、そんな子供の出産を許すようになった? 「う、嘘でしょ?・・・そんな歳で・・・こ、子供なんか・・産めるわけないよね?・・。」 声が震えていた。 声だけじゃない。 手足までが震えていた。 「絶対に不可能、ってわけじゃない。俺が児相にいる間も、やはり12歳の少女が出産した例がある。」 「なんで・・・産めるんだよぉ・・。」 「普通なら無理だ。自分の命に関わってくるからな。今言った少女だって、徹底した病院側の集中管理の下でやっと出産できたんだ。」 「じゃあ、シホも?・・・。」 シゲさんは、顔を俯かせた。 「あの子は・・・自分ひとりだけで産んだ・・・。」 苦しそうな声だった。 「ひとりって・・なんでひとりなんだよ?どうしてシホは、コトリをひとりで産まなきゃならなかったんだよ?なんであいつがそんなひどい目に遭わなきゃならないんだよ!!!?なんでだよっ!!!!」 何がなんだか、わからない。 今も隣りで語るシゲさんの言葉が、現実のものだなんて思えない。 「落ち着けタカ!」 肩を掴まれていた。 「なんで・・シホが・・・シホが、そんな目に・・・。」 涙はどうしようもないまでに溢れて、止まらなかった。 あんなに可愛い女なのに、想像もできない地獄の中で生きてきた。 11歳で自分の父親の子供を身籠もり、たったひとりきりでコトリを産んだ? 命がけの作業を、たったひとりでやり遂げた? あいつはどんだけバケモンなんだよ? ハハ・・。 あいつがどれほど可愛らしく笑うのか、知らねえだろ? 子供みたいに無垢な笑顔で笑うんだぞ・・。 それこそ、天使みたいに可愛い笑顔で笑うんだぞ・・。 たまに変身するけど、それだってな・・・。 突然、脳裏をよぎった蒼白な顔。 か、かい離・・・してたのか?・・・。 あいつが時々変身していたのは、精神の均衡を保つために人格を入れ替えていたから。 つらい過去のトラウマから逃げ出すために、あいつは別の人格を使い分けて精神崩壊を免れていた。 ならば、あの豹変した姿も頷ける。 多重人格とまでは行かないまでも、シホの中には確かにもうひとつ別の人格が眠っている。 そして、その人格は・・・。 「シゲさん・・行こう・・。」 「うん?」 「すぐにあいつ等のところに帰ろう。」 居ても立ってもいられずに席を立った。 まったくオレはバカだ。 襲撃もそうだが、シゲさんが恐れていたのは、もっと別なこと。 おそらくそうだ。 「シゲさん、シホのアパートには「たまに」じゃなくて、定期的に行ってたんだろう?それもずいぶんと前から。」 歩きながら話しかけた。 顔は、正面だけを見ていた。 今にも駆け出しそうな勢いで歩くオレの後をシゲさんがついてくる。 こんな構図、滅多にない。 シゲさんは、なにも言わなかった。 かまわず続けた。 「シゲさんは、気付いていたから定期的にシホの様子を確かめていた。そうじゃないの?」 シゲさんは無言を続けている。 「奉納試合のときに体育館で会っていたのも、シホが呼びだしたんじゃなくて、シゲさんが呼び出したんだろう?シホの状態を確認するために。」 「あの日、シホにどうしても確かめなければならないことがあった。」 シゲさんがやっと食いついてくる。 「それは?」 「刑務所に収監されていた父親の出所が決まったんだ。それをシホが知っているか確かめたかった。」 子供だったシホを孕ませたクソ変態オヤジか。 「シホはなんて?」 「知らない、と答えた。」 嘘だ。あいつは知ってたんだ。 「それで、その父親の元へ走らないように、オレを張りつかせたわけ?」 たぶん、そうだ。 襲撃も脅威だが、もっとも恐れていた脅威はごく身近にあった。 シホ自身だ。 近親相姦には魔力がある。 一度ハマり込むと、そこから抜け出すことは、なかなか難しい。 だから、シゲさんはコトリではなく、シホを重点的に警戒しろといったのだ。 「タカ、いいのか?」 シゲさんが、後ろから訊いてきた。 「ええっ!?なにが?」 「その・・シホのことを知ってもまだ・・・。」 「ああっ!?」 シゲさんにしてはめずらしく弱気な声だ。 「シゲさん、オレのこと舐めてんの?」 「いや、そうじゃないが・・・しかし・・。」 「しかしもカカシもヘチマも減ったくれもねえっての!あいつはオレの女で、これまでも、これからもずっとずっとオレの女だっつうの!!」 親子丼、逃がしてたまるか! 「シゲさん行くよ!」 すぐにでも、戻ってやりたい。 あいつ等のそばにいてやりたい。 過去なんか、どうだっていい。 あいつ等が隣りにいて、笑ってさえくれれば、それだけでいい。 バカなオレがあいつ等のためにしてやれることなんてひとつしかない。 そばにいて、ずっとあいつ等を守ってやる。 それだけだ。 不安になるとすぐに衝動的になるのが昔からの悪いクセ。 居ても立ってもいられずにロビーを抜け出すと、すぐに駆け出していた。 「タカ!」 逸るオレを抑えようとしたのか、シゲさんが呼び止める。 「なにっ?!」 何度も何度もなに? オレは早く帰りてえんだよ。 だだっ広い駐車場を前にして向き合っていたふたり。 夜も遅かったせいか、駐車場には一台の車もない。 春だというのに肌寒い風がふたりのあいだを吹き抜けていた。 オレが振り向いた先には、肩で息をしていたシゲさん。 そのシゲさんが口を開いた。 「お前、どうやって帰るつもりだ?」 はっ? う゛ぁあああああっ!車がねえぇぇっっ!!!
15/06/08 21:44
(PGv6IB01)
投稿者:
タカ
◆mqLBnu30U
――第42話――
「ぐわぁぁぁぁ、どうすんだオレ!」 足がないことに気付いて頭を抱えた。 自分のマシンは、レンのマンションの駐車場。 いったい、いつになったら、アイツ(車)は出てくんだ! 辺りを見回してみたが、タクシーの姿はどこにもない。 走って帰れないこともないが、ここ最近のドタバタ騒ぎで練習をサボり気味のオレ。 ここからなら車で約15分ほどの距離だから、駆け足だと時速6キロと仮定して、えーと、なんて考えてたら、背後で可愛いクラクションが鳴らされる。 振り返ると、ピカピカに光ったパールピンクの軽自動車が近づいてきた。 オレのすぐ横に止まり、真新しい車体から顔を出したのは、なんとシノちゃん。 どうやら遅くなったシゲさんを心配して迎えに来たらしい。 グットダイミングぅ!!! 「送っていってやる。」 当然。 シゲさんの心遣いでアパートまで送ってもらうことに。 さっきまでの話しが、まだ胸の中でわだかまっていたが、シゲさんはシノちゃんが目の前にいるからか、おくびにも出さない。 しょせん考えたって詮ないこと。 オレも、今はあいつ等のそばにいてやりたい気持ちのほうが強かった。 「タカさんのアパートでいいんですか?」 車に乗り込むなり、すぐにシノちゃんが訊ねてきた。 「うん、わかる?」 「はい、お父さんを連れて何度も行ってますから。」 あ、そ・・。 シゲさん、覗きにいくのに、シノちゃんに送ってもらってたのかよ・・。 車内は女の子の車らしくフローラルな香り。 やっぱり女の子らしく車も非常にコンパクトで小さい。 小さすぎて、あ、足が伸ばせない・・。 せまっ! 狭い後部座席に膝を抱えるように押し込まれた。 シノちゃんは、すぐに車を出してくれた。 しかし・・・。 今後の対処はどうする? 顔の見えない襲撃者。 輪郭だけははっきりしてきたが、状況はさらに複雑になった。 父親の出現にずっと脅えていたシホ。 コトリを奪われるかもしれないという恐怖に、あいつは毎日震えていた。 いや・・・あいつが恐れていたのは、たぶん違う・・・。 父親が目の前に現れたとき、抗わずにコトリを差し出してしまう自分を恐れた・・・。 たぶん・・そうだ・・・。 その懸念は、十分にあった。 浴室の中でコトリを愛撫していたシホの姿が脳裏から離れない。 あれは、父親に差し出すためにコトリを慣らしていたのではないか? そんな邪推ばかりが頭に浮かんで、なかなか消えていかない。 オレも他人のことは言えないが、シゲさんの口ぶりじゃシホの父親ってのは、かなりのド変態らしい。 年端もいかないシホに手を付け、身体まで売らせて、あげくに自分の娘を妊娠させて子供まで産ませている。 とても、まともな神経の持ち主じゃない。 そんな父親の元に帰るとなれば、手放しでって訳にはいかないだろう。 なにより一度裏切って、逃げ出した過去がある。 そのド変態オヤジに、許すかわりにコトリを差し出せと交換条件を出される可能性は高い。 いや、交換条件なんか出さなくても手を出すか・・・。 それを承知しているから、早めにコトリを慣らしている。 考え過ぎかとも思うが、そうでなければ、あんな奇異な行動に説明がつかない。 父親が目の前に現れたとき、シホは、コトリを道連れに自ら父親の元に走る可能性がある。 どれほどひどい虐待を受けても、シホはいまだに父親の呪縛から解き放たれていない。 オレには理解もできないが、奇しくも、レンの妹が病院で似たような体験を教えてくれたばかりだ。 近親相姦には魔力がある。 メグミちゃんは、父親との関係を嫌悪しているにもかかわらず、いまだにその支配から逃れられないでいる。 兄の存在が拠り所となっているが、その関係が完全に終わったわけではない。 世間からは理解されない禁断の領域に取り残され、最後にすがってしまうのは、やはり断ち切ることのできない血の絆。 神をも恐れない所業でも、このひとだけは理解してくれるという連帯感。 なにより恐ろしいのは、他人からは決して得ることのできない背徳感と、たとえようもない快楽をもたらす絶妙な身体的マッチング。 心では否定しても身体は抗わない。 いや、抗えない。 メグミちゃんは、父親から呼ばれるとダメだとわかっていても向かってしまうと言っていた。 そして嫌悪する対象に抱かれているはずなのに、途方もない快楽を得て、精神が安定するとも。 シホも、同じなのではないか。 今のシホはひどく不安定で、父親を畏れていながらも、心の中では欲している。 刑務所に収監されていた父親が釈放されたとわかった今では、心の揺れはピークに達していることだろう。 だからこそ、シゲさんは休暇を与えてまで、オレに24時間シホたちを見張れといったのだ。 彼女が父親の元へ走る可能性があることに、早い段階から気付いて警戒していた。 レンとメグミちゃんの関係は、オレとシホの関係に似ている。 そして、メグミちゃんと父親の関係は、そのままイコール、シホと父親の関係だ。 ダメだとわかっていても、父親の元へ向かってしまったメグミちゃん。 根性なしのレンは逃げ出して、彼女を見捨てた。 はたしてオレは、シホが自発的に父親の元へ帰ろうとしたとき、彼女を止めることができるのだろうか? 蒼白な顔となって父親を求めるシホに、オレの声が伝わるのか? 対処の難しい問題となりつつあった。 想像もできなかった真実を聞かされ、オレはやはり動揺していたのかもしれない。 「あ、そうだ・・えっと・・・。」 なにがあっても、あいつ等を守ってやろうと決めたはずだった。 「あの、悪いんだけどさ・・・。」 なのに、オレはやっぱりそれをまだ現実のものとして受け止めていなかったんだ。 だから、判断を誤った。 さっさと帰ってやれば良かったものを、駐車場を出ようとしたところで、オレはシノちゃんに言ってしまったのだ。 「あのさ、先に車を取りに行きたいんで、ちょっと寄り道してもらっていいかな?」 このひと言が、最悪の形で強烈なしっぺ返しをオレに食らわせることになる。 シゲさんは、行き先を変えたオレを振り返りもせずに、ちらりと見ただけだった・・・。
15/06/08 21:45
(PGv6IB01)
投稿者:
タカ
◆mqLBnu30U
――第43話――
夜が深い。 闇が濃かった。 トリヤマは、ハンドルに乗せた腕にあごをひっかけて、ダッシュボード越しに眺めていた。 するすると真っ黒なハマーが横を通り過ぎていく。 ハマーの向かう先には、小さなアパート。 夜のとばりに建物の陰影が薄く溶けていた。 ハマーは、ヘッドライトもテールランプも点けていなかった。 黒い車体も闇に溶けている。 見上げる空には月もない。 誘拐には絶好の夜。 「はう・・・・うん・・・・あは・・・・。」 ひどく辛そうな息づかいが、背中から聞こえていた。 トリヤマは、ルームミラーにチラリと目を向けた。 タンたちに捕らえられて気を失うまで玩具にされていた少女は、今は和磨の膝の上で意識を覚醒させている。 「あは!・・・ぅん・・・・・ふん・・・。」 薄く開いた唇から、荒い息が漏れていた。 だらりと垂らした前髪の奥で、少女は何かを我慢するように硬く目を閉じている。 後部座席の上に膝で立ちながら助手席のバックシートに薄い胸を合わせる姿は、必至に何かに縋ろうとしているようにも見えた。 「はぁあ・・・うん!・・・・・・あは!・・」 わけのわからない快楽に取り憑かれて、自分でもどうしていいかわからない。 そんな感じだった。 畏れているはずなのに、針金のような細い背中を湾曲にしならせ、小さな尻を和磨に差し出すように突き出してしまう。 まん丸の尻は、淫らにくねって止まらなかった。 小さな手のひらが助手席のバックシートを強く握っている。 「いい子だ・・・ほら、もっと気持ちよくしてやるからな・・・。」 苦しげな呻きに溶けていた呪詛のささやき。 まったくできそうにもない少女の股間に突き刺さっていたのは、血塗れになっていた和磨の指。 相変わらず、すげえな・・・。 顔を俯かせながら呻くだけで、少女に痛がる素振りはなかった。 泣き出しもしない。 ルームミラーの中で妖しく尻をくねらせる小柄な肢体が、まるで操り人形のように見える。 操られているのだった。 和磨の手に掛かったら、どんな少女でも一晩で使えるようになる。 仕込みには悪魔的な技を持つ、和磨だった。 ツグミたちの誘拐が失敗に終わるなど考えていないかのように、和磨は少女の仕込みに熱を入れている。 膨らむ兆しなどまったくない胸をした娘だが、明日の朝には、あの幼気な膣にも和磨のものが深々と突き刺さっていることだろう。 必ず、そうなる。 トリヤマはルームミラーから目を戻した。 暗闇に溶けたハマーが、もうすぐアパートにたどり着く。 車道の端に停めたベンツの中から事の成り行きを見守っていた。 向こうからの合図ひとつで、トリヤマたちも突っ込んでいく。 だから、エンジンは切ってない。 馬力が600近いベンツAMGは、アイドリングだけでも野太い咆吼音を響かせる。 その太い音は車内まで聞こえている。 問題はなかった。 ここに来てから10分ほどが経っているが、すれ違う車は一台もない。 閑散とした住宅街だ。 ツグミは発見を恐れて人目を避けるためにこんな所を選んだのだろうが、返ってそれが仇になった。 ちょっとやそっと騒いだくらいじゃ、誰も飛び出してきそうにない。 問題となるのはアパートの住人だけ。 部屋の数は4つ。 アパート前の駐車場に止まっていた車は3台。 追撃を警戒するなら、タイヤをパンクさせておく必要がある。 考え過ぎか・・・。 粛々とさらう。 誰も気付くはずはない。 ツグミは、今夜のうちに人知れずこの街から消えることになる。 あの日、ツグミが俺たちの街から消えたのと同じように。 あれは、まったく予想外だった。 和磨が逮捕されたことに浮き足立っていた隙を突いて、逃げられた。 やってくれたもんだ。 小娘ひとりで、できる芸当じゃねえ。 陰で糸を引いていた奴はわかっている。 あの銀縁メガネ野郎・・・。 ツグミをさらって落ち着いたら、必ず復讐しに戻ってきてやる。 舐められたまま大人しくしてるほど、俺たちは甘くねえ・・・。 暗闇からハマーが現れた。 アパート前の外灯下に姿を出して、すぐにまた闇の中に消えていく。 灯りの下に停めるほど、あいつ等もバカじゃない。 わずかに通り過ぎてから、ストップランプが明滅する。 停まるのと同時に、ハマーから走り出した三つの影。 車体のドアは開けたままだった。 さすがにあいつ等は慣れてやがる。 大柄なふたつの影が素早く階段を駆け上がっていく。 タンとハツだ。 階段の下で止まっている影がミノ。 タンとハツが目的の部屋の前に辿り着いた。 あとはドアをそっと開けるだけ。 (鍵は電気メーターの裏側にある。それを使って、中に入れ・・・。) 隠し場所は、あらかじめタンたちに教えてあった。 さすがにオジキだ。 鍵の隠し場所まで知っているとは恐れ入る。 ここに来るまでに、ツグミを見つけたカラクリを教えてくれた。 「たまたま偶然だったのさ・・。」 無駄な争いごとを好まないオジキは、ムショの中では模範囚で通っていた。 模範囚として一定の期間が過ぎると、ある程度行動にも自由が与えられ、官の許可する新聞や雑誌の閲覧が許されるようになる。そして、いよいよ出所が近付いてくると、これから出ていく社会に対して免役を持たせるためにテレビ鑑賞なども許可されるようになる。 今年の初めのことだ。 オジキがなにげに眺めていたローカルのニュース番組で、大学のイベントを紹介する放送が流れていた。 とある大学のキャンパスクイーンが、どこかの市長を表敬訪問する内容だった。 ほんのわずかな短いニュースだったが、その中でオジキは見つけたのだ。 一瞬だったが、見逃しはしなかった。 忘れようとしても忘れられない顔。 高校時代からの因縁のライバル。 そして、オジキをこの監獄へと送り込んだ裏切りの男。 重丸伊左久は、確かに画面の中にいた。 たとえほんのわずかでも、あいつの顔を見間違えるわけがない。 あっという間に番組は終わってしまい、子細を確かめることはできなかった。 オジキは、放送を流していたローカル局に手紙を書いた。 放送日の時間や内容から、どこの大学であるかを確かめようとしたのだ。 本当は表敬を受けた市庁舎を聞き出したいところだったが、それでは政治思想を疑われて手紙は受理されない。 だから、大学と書いた。 官には、景観のよいところだから出所したら訪れてみたい、とだけ告げた。 なんの疑いも持たれずに封書は受理された。 そして、返ってきたのが出掛けに見せてくれたあの手紙だ。 表には「如月和磨様」 裏には、テレビ局の名前の入ったスタンプ。 そして、封書の開封部分には検閲済みを示すマル検の赤い文字。 上白紙の便せんには、放送された大学名とその所在地が記載されていた。 親切心のつもりだったのか、わざわざ番組で紹介されていたキャンパスクイーンの名前までもがご丁寧に書いてあった。 その名前を目にしたオジキは、笑いが止まらなかったに違いねえ。 すぐに弁護士を呼んで、調べさせた。 場所がわかってるんだから、難しいことがあるはずもねえ。 じっくりと時間を掛けて丹念に調べた。 そしてツグミの居所を突き止め、習性を知った。 あいつはガキの頃から隙間に物を隠す癖があった。 大人になった今でもそれは変わってなかったらしい。 俺たちが血眼になっても見つけられなかったツグミを、オジキはムショの中から見つけ出しちまいやがった。 さすがにオジキだ。 感心するしかねえ。 だが、不満なこともある。 「なんで、あっし等には教えてくれなかったんですかい?」 車中で、トリヤマはいささか憮然とした表情を浮かべながら和磨に訊ねた。 ツグミを捜していたのはトリヤマ達も同じことだ。 教えてくれれば、すぐに奪い返しに行くことだってできた。 「重丸の野郎が、なにも手を打たずに逃げ出すわけがねえと思っていたからさ・・・。オメエたちが動き出せば、必ず奴は敏感にそれを察知して、なにか別の手を打つに決まっている。俺がいれば別だが、お前らだけであいつの相手は無理だ。だから、俺が出るまで教えなかったのさ・・・。」 和磨には苦い経験がある。 自分の不在中に組を乗っ取られた。 あの忌々しい記憶が、和磨をいやが上にも慎重にさせる。 決してトリヤマ達を信用していないわけではない。 だが、絶対的な信頼を寄せるほどの信用があるわけでもない。 最後は自分で仕留める。 それが和磨という男の哲学となっていた。 「あ・・・うぅ!・・・・あっ!・・・・。」 後ろから聞こえる小娘の呻きが大きくなった。 見据える先では、タンとハツが玄関ドアの解錠に成功したらしい。 ゆっくりと扉を開けて、ふたりが中に入っていく。 「あひ!・・・・ひっ!・・・あっ!」 ガキの声が、しきりに大きくなっていく。 痛みを訴えてるわけじゃない。 わけのわからない気持ちよさに戸惑っているだけだ。 それを証拠に唇の端からは止め処もなくよだれを垂れ流している。 気持ちよすぎて口を閉じることさえ忘れてしまっている。 こんなガキまでよがらせるとは、まったくオジキの腕前には感心するしかない。 このガキも、最後はオジキにとどめを刺されることになる。 仕込みの仕上げは、必ずオジキと決まっていた。 オジキは自分の手で仕上げなければ気が済まない。 俺たちじゃ、「デキソコナイ」しか作れないことを知っているからだ。 俺たちは、オジキにはなれねえ。 だが、それでいい。 「みこし」として担ぐからには、それくらいのお人でなけりゃ担ぎ甲斐もない。 今夜はタンとハツが、ツグミとその娘を肩に担ぐことになるだろう。 あいつ等はプロだ。 あいつ等にかかれば、人をさらうことなど造作もない。 さらっちまいさえすれば、こっちのもんだ。 またオジキがしっかりと仕込んでくださる。 二度と逃げださねえように、ツグミは念入りに仕込まれるこったろう。 もちろん、娘のほうもだ。 あのツグミの娘ならば期待が持てる。 だからこそオジキだって執着するんだ。 後ろから聞こえてくる可愛い声を耳にしながら、トリヤマはほくそ笑んだ。 車内には、重厚なエンジン音と小娘のよがる声だけが聞こえている。 もうすぐここに、ツグミが加わる。 重丸・・・テメエには何も出来ねえ・・・。 腹を抱えて笑い出しそうになるのをトリヤマは必死に堪えた。
15/06/08 21:49
(PGv6IB01)
投稿者:
タカ
◆mqLBnu30U
――第44話――
お腹に響くような重低音のエンジン音が近づいてきて、シホは、ハッと息を潜めた。 こんな夜中に、このエンジン音は聞いたことがない。 タカの車はもっと高い音がする。 タカの車ではない。 それはゆっくりと近づいてきて、アパートの前を通り過ぎた。 気のせい・・? 耳は澄ませたままだった。 不意に窓の向こうに赤い光りの灯るのが見えた。 エンジン音は、そこに停まったまま動かなかった。 窓越しに覗きたかったが、迂闊なことはできなかった。 これがシホたちをさらいにきた襲撃者ならば、目を皿のようにしてアパートの様子を監視しているに違いない。 わずかな動きで気配を察知される懸念があった。 息を潜めながら様子を窺うしかなかった。 そのうち、ふたつの足音がものすごい速さで階段を駆け上がっていった。 まさか・・・。 ガタガタと膝が震えて、背中に悪寒が取り憑いた。 ケータイ電話! 咄嗟にタカの顔を思い浮かべて電話を掛けようとした。 次の瞬間、自分が下着姿なのを思い出して、シホは絶望的な気持ちになった。 買ったばかりの下着を早く見せたくてパジャマで来た。 パジャマだったから、ポケットがなくてケータイは置いてきた。 自分のケータイは、リビングの充電器に繋げっぱなしになったままだ。 いざというときはタカがいるし、それにタカのケータイもあるから大丈夫と安易に考えていた。 ところが、肝心のそのタカが帰ってこない。 ここのところ、ずっとタカがそばにいてくれたおかげで油断していた。 あれほど気を付けていたのに、一番大事なときに取り返しのつかないミスをしてしまった。 タカの部屋に固定電話はない。 どうしよう・・・。
15/06/08 21:51
(PGv6IB01)
投稿者:
タカ
◆mqLBnu30U
――第45話――
(ハツ、いいか?) (はいよ・・・。) オジキが言った通り、鍵は電気メーターの裏側に隠してあった。 タンが取りだして、さっそく鍵穴に通した。 サムターンのシリンダー錠を音を立てないようにゆっくりと回した。 カチリ、と小さな音がして施錠が解けた。 静かにドアを開けて、素早く巨体を中へと滑り込ませた。 こんなことなら朝飯前だ。 これまでにも幾度となくやってきた。 今までにさらってきた人間は数知れない。 男もいれば女もいた。 さらった奴らが、その後どうなったかなんて知ったこっちゃない。 だが、好みの女がいれば少しだけ悪さはさせてもらった。 泣き叫ぶ女の首を絞めて黙らせるのは、何とも言えない愉悦がある。 細い首をちょっと握っただけで、恐怖に顔を引きつらせながら女どもはすぐに黙る。 喉元まで突っ込んで、しゃぶらせる。 首を掴んでいるから、どんな女も必死になる。 白目を剥くまで続ける。 存分に愉しんでから、喉の奥深くに流し込んでやる。 押し込んだままだから、息ができずにむせ返る。 激しくむせって、鼻から精液を噴き出すこともある。 まったくおかしすぎて笑いがとまらねえ。 ガキだって同じだ。 首を握れば、もう逃げられない。 タンもハツも拐かしのプロだ。 女とガキをさらうくらい、俺たちにはなんでもねえ。 (ハツ、目は慣れたか?) (おう。) タンもハツもすぐには押し込まなかった。 目が慣れるまで玄関の上がり框に身を屈めて潜んでいた。 見つめる先には、わずかばかりの薄明かり。 豆電球の淡い灯りだけがリビングに残っている。 暗闇にいたから目が慣れるのは早い。 見える範囲に素早く目を走らせて、中の様子をさぐった。 とりあえず、リビングにひとの気配はなさそうだった。 奥に引き戸の閉まった部屋がひとつある。 右手の横に、もうひとつ。 おそらく、そのどちらかが寝室だ。 タンがハツに目配せした。 タンが正面に行く。 ハツは右だ。 足音を殺して前に進んだ。 ふたりとも体重が100キロを越える巨漢なのに足音がしない。 どういうわけか、ミシミシと床の軋む音もしなかった。 タンが、正面の引き戸をわずかに開ける。 中から光が漏れてこない。 なおも開いて隙間から覗く。 薄闇に慣れた目は、そこに住人がいないことをすぐに教えてくれる。 ベッドは置かれているが、いるべきはずの家人の姿がない。 留守か?・・・。 嫌な予感が頭をもたげた。 さらいに行って留守だったことは、まれにある。 拐かすのは素早いが、このふたりに計画なんてものはない。 いつも行き当たりばったりだ。 これが地元なら仕切り直しもできるが、車で数時間以上もかかる場所では簡単に出直すこともできない。 チッ!まずいな・・・。 後ろを振り返った。 ハツの姿がなかった。 どうやら右手の部屋にうまく入ったらしい。 引き戸が開けっ放しになっていた。 出てこないということは、誰かがそこにいるということだ。 少なからずホッとした。 手ぶらでオジキの元に帰れば、何をされるかわからない。 きびすを返して、タンも右手の部屋に入った。 ハツがこちらに背中を向けていた。 じっと、なにかを見おろしている。 (どうした?・・・。) 声をひそめて訊ねた。 ハツの見つめる先に、あどけない顔で眠る少女の姿があった。 期待した家人を見つけて、タンは安堵に胸を撫で下ろす。 とりあえずティラノサウルスに殺されることだけは免れた。 これでなんとか目的のひとつは達成したことになる。 (なにやってやがる?) ハツが、娘をじっと見つめたまま動かない。 (こ、これ・・・。) 首だけをタンに向けて、嬉しそうに娘の顔を指さした。 (なんだ?) (か、かわいい・・・。) 目がだらしないほど笑っていた。 「ばっ!!・・・。」 怒鳴りそうになって慌てて声を呑み込んだ。 (バカ野郎、なにマヌケなこと言ってやがる。さっさと仕事しろっ!) ハツは、ごつい顔をした大男のくせに、とんでもない少女趣味のオカマチックなところがある。 少女そのものはもちろん好きだが、それよりもさらに少女が好きそうな物を好む嗜好がハツには強い。 ハツのプライベートルームには、人形やぬいぐるみが腐るほど飾ってあることをタン以外誰も知らない。 裸にして犯すよりも、着飾らせて眺めるのを好むハツだった。 きっと、ガキの寝顔でもじっくりと眺めながら、頭の中でコスプレでもさせていたのだろう。 (こんな可愛いの、久しぶり・・。) ごつい顔が嬉しそうに、にやけていた。 気色悪いんだっての! そりゃそうだろう、こいつはツグミの娘なんだ。 オジキが愛してやまなかった、あのツグミが産んだガキなんだ。 可愛らしいのは当然のことだ。 しかし、確かに見れば見るほど愛らしい顔をしている。 タンも釣られるように上から覗き込んだ。 「タカ・・・タカ・・・。」 ひとの気配を感じたからか、不意に娘の口から寝言がもれた。 なにかを欲しがるようにゆっくりと腕を伸ばしていく。 寝ぼけてやがる。 伸ばした腕の先にあったのは、ハツのごつい顔。 細い腕を巻きつけるように首に絡みつかせて、尖った唇を突き出した。 「タカ・・・チューして・・・。」 ああ? ずいぶんとませたガキだな。 娘の顔が徐々にハツに近づいていった。 (おっ!おっ!) ハツが興奮して、鼻息を荒くする。 (こ、こらハツ!お前、手を出すんじゃねえ!オジキに殺されるぞ!) ハツから引っぺがそうと、娘の細腕を掴んだときだった。 いきなり、デカい目ん玉が開いた。 ハツと娘は、鼻と鼻がくっつくほどの距離でしばらく見つめ合っていた。 「あんた誰?」 聞いたのは娘のほう。 普通の声だった。 「ハ、ハツ・・・・。」 ハツが赤面しながら答えた。 「なにバカ正直に答えてんだ!さっさとずらかるぞ!」 気付かれたんなら仕方ねえ。 このまま、かっさらっちまうだけの話しだ。 こんな小娘ひとり、担ぎ出すなど造作もない。 その時だった。 「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッァァッッ!!!!!」 ものすごい悲鳴が、ふたりの鼓膜に襲いかかった。
15/06/08 21:52
(PGv6IB01)
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