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邪なる施術 2
カテゴリ: 官能小説の館    掲示板名:人妻熟女 官能小説   
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1:邪なる施術 2
投稿者: 司馬 名和人
そのようなおみのの姿にあることを察しながら兵庫は次のようなことを問わずには於かれなかったのである。
  「出来たって、何だ」
 その兵庫の問いかけにおみのは顔を朱に染めながら尚一層、小さい声で言った。
  「何がなんだって、それはわたしのおなかの中にお殿様の赤ちゃんが。兵馬様の弟か、妹かが出来たのに決まっているではありませんか」
  「エエエエ、それは誠か、おみの」
 そのように兵庫は尋ねるしか無かったのである。それに対しておみのは黙って頷くのである。

  「ややがそれは誠か。本当にそなたの腹の中にそれがしのややが宿っているのじゃな」
  「はい」とおみのはますます顔を朱に染めて俯くのである。
  「そうか、それがしの子供画の」
 兵庫は何とも言えない複雑な表情になっていた。妻である佐和との間には結局、嫡男である兵馬だけをもうけただけに終わったが、実は兵庫自身はあと一人、二人くらいの子供はほしかったのである。しかし、妻との間も勿論であるが、他に兵庫と関係を持った女[その多くが芸者、遊女等の玄人女]との間にも子供は無かったのである。それがおみののように自分の娘と言っても良い若い女との間に子供が生まれたと言うのである。
そのような感慨を抱いて兵庫はしばらく押し黙ったのである。そのような表情の兵庫の顔を覗き込みながらおみのはやや不安そうな表情をしながらも甘える様な調子で言うのである。
  「ねええええええ、お殿様ああ、わたくし、このお腹のの子を生んでもいいです余ねえ。オロセなんていいませんよねえええ」

 そのおみのの声に兵庫がハットしたような表情になりのおみのの方を振り向くと慌てて頷くのである。
 その兵庫の顔を見ておみのは喜色満面にして「ほんとに宜しいのですね。この子を生んでも」と腹を摩りながら言うのである。

 そのようなおみのに兵庫はことさら、笑みを浮かべながら「勿論だ。是非、丈夫な子供を生んでくれ」と言った。
 その兵庫の返事におみのはヨ喜びもあらわにして「嬉しい」と叫びながら兵庫に抱きついて、両手を兵庫の首に回すのである。

  「でも、奥方様が何と言われるのか」
 兵庫に抱きつきながらもやや不安そうな表情になったのである。

  「奥がなああ」
 兵庫はそう呟いて押し黙った。

 確かにあの妻がどのような反応を示すのか兵庫には不安であった。妻の佐和は室町以来の名家である高家・一色家の姫として育ったゆえにかなり気位の高い、驕慢な性質の女であり、祝言を挙げて以来、夫である兵庫に対していても甘える様なことは無い女である。
 勿論、表面上はあくまでも夫をたてる賢夫人であり何事にも卒が無い女であり、夫である兵庫に対しても決して気を許す様な女では無かった。それは夫婦の寝床の仲でも同様で夫婦の営みは家を守るために子を生むためのものと考えているのか、いわゆる性の快楽等などとんでもないとの感じで誠に味気ないものであった。

 そのような佐和を見ていると兵庫は時々、自分は生きている女大学を妻にしているのではないかと思ってしまうことがあるのである。
そのような妻であったからこそ、それと対象的なおみのと男女の関係になったのである。

  「あの奥なら、どうするだろう」
 一つ言えることは決して取り乱すことは無かろう。だいたいが嫉妬心を表に現すような女ではない。そしてたぶん、兵庫を冷ややかに見つめながらこの事態の始末を考えるだろう。問題はどのような始末を考えるかだ。

 まずは間違ってもおみのの腹の中の子供をおろせなどとは言わないであろう。もっとも当時の医学では今日のような中絶は無理な話である。勿論、ご法度であり、一部には隠れていわゆる子卸をする医者もいることはいたのであるが、それによって母子ともに死亡することもままあったのである。それゆえにいかにあの佐和といえどもおみのに腹の子を始末せよと言うことは無いであろう。しかし、そのまますんなりとおみのが子供を生むのをただただ黙って見過ごすとも思えないのである。
 考えられることはただ一つ、生まれた赤子をすぐにおみのから引き上げてその子は兵庫の正妻たる佐和の子として引き取って、以後は佐和の子供として育てられることとなろう。

 それはこのおみのと生まれてくる赤子との縁を絶ことに他ならないのであり、兵庫としてはそのような惨いことはおみのには言えることではないのである。
 それ以外の方法としてはあくまでも佐和には隠して密かにおみのに子供を生ませるしかないのである。しかし、その場合にはうまく隠し通せるかどうかである。
 そのようなことをつらつらと考えているとそのような兵庫の顔を覗き込んだおみのはやや不安そうに眉根をよせながら次のように尋ねるのである。
  「お殿様、兵庫様、何を考えておられるのですか?」

  「ああうむ」と兵庫はそう生返事をするしかないのである。そしてそのような兵庫の表情をやや心配そうに見つめながらもキッパリとした調子で口を開いた。

  「お殿様、わたくし、このお腹の中の子供に関してどうしても、お殿様に聞き届けて貰いたいことがあるのです」
 そのいつにないおみのの口ぶりに兵庫はやや不安そうな口調でこう尋ねるのである。
  「ううそれはどう言うことじゃ」
 それに対しておみのは姿勢を正しながら次のように言った。
  「まずはこの腹の赤子を決て父無し子や日陰の子供ではなく。あくまでもお殿様、いえ旗本・酒井兵庫様のお子として扱われることです。そのためには当然のことに奥方様にもそれを認めていただきたいのです」

  「うーむ」と兵庫は唸るばかりであった。そしておみのの言葉は更に続くのである。
  「それとこのお腹の子供はあくまでも生みの母親である、わたしが育てたいのです。勿論、この子と引き離されるのは真っ平でございます」
 おみのは顔を伏せながら小声で淡々と話すのであるが決して一歩も引かない様子であった。

  「うううううむ、それはそのおお」
 兵庫は困惑そうに考え込んだ。つまりおみののそのような求めに応じると言うことはこのおみのとその腹の子供を正式に旗本・酒井家の家族として正式に認めろと言うことであり、しいてはこのおみのを兵庫の正式な側室にせよと言っているのである。
  「そのようなことをあの佐和が認める訳が無い」
 そのように兵庫は考えると目の前が真っ暗になる思いに捕らわれるのである。
 そのような兵庫の表情を覗き込んでいるおみのはやや焦れったそうに「ねえねえ、お殿様ああ、どうされるのですうう」とやや甘える調子で迫るのである。
 そのややもすれば何だか怪しい雲行きになりそうな気配が漂い始めた頃であった。
  「アハハハハハハハハハ、だいぶ。お困りの様子でございますな」
 そのような掛け声とともに兵庫とおみのが逢引している部屋の襖が開けられたのである。そして、着流し姿の武士とその連れらしい芸者らしい女がともに微笑しながら入ってきたのである。
 その突然の闖入者に兵庫とおみのが驚いたのは言うまでもない。そして兵庫はその着流し姿の武士を見て驚いたように思わず口を開いた。
  「うううう、そそなたはと鳥羽殿ではないか。なぜなぜ、このようなところに?」

 驚き慌てふためく、兵庫とおみのの目の前にニヤニヤしている武士こそ、兵庫の組したの小普請旗本の鳥羽海老蔵であった。
  「これは不味い男に見つかった」と兵庫は臍を噛んだ。
 この鳥羽海老蔵は一応、兵庫の組したではあるが、同時に親類でもあったからである。兵庫の妻である佐和の姪に当たるのがこの目の前の海老蔵の妻の多美であるからである。

 ともかくもこの突然の闖入者の出現に困惑する兵庫を尻目に鳥羽海老蔵は相変わらずニヤニヤしながら口を開き始めたのである。


  「いやああ、拙者はここで舟を出す前に少し休んでいたのですが、するとお隣からフフフフフ聞き覚えのある声が聞こえてきたではありませんか」
 海老蔵はそのようにいかにも意味ありげに兵庫とおみのの姿を眺め回したあとで更に言葉を続けた。
  「まあそうは申しましても、拙者もご覧の様におなご連れですので、お互いに脛に傷を持つ実、ここは一つ野暮はよそうとおもったのですがね」
 海老蔵は一緒にいる芸者らしい女を見ながら、いかにも皮肉な笑みを口元に浮かべながらそのようなことを言った。
  「それはそのお」
  「そういたしましたら、段々、お二人のお話はとんだ愁嘆場となりそうでしたので、これはお声をおかけするべきと思料いたしまして」

  「いやああこれはだな。海老蔵殿」
 兵庫としてはそのようにあたふたとするしかないのである。とにかく、ここの海老蔵からおみのとその腹の子のことが佐和に漏れるとこれはえらいことになるのである。
 そのようなことを兵庫が考えていると海老蔵はその兵庫の心中を察したように手を大きく左右に振りながら次のようなことを言うのである。
  「酒井様、いや叔父上。皆まで申されるな。フフフフフ、お互いに出来た妻を持つのもたいへんですな」
  「ええええ」
  「フフフフフ、拙者はご存知の様に婿養子です。妻の多美は普段は拙者をたててはおりますが、やはり時々、家付き娘であることを拙者に匂わせます。そして酒井様は婿養子でこそはありませんが、なにしろ、奥方の佐和殿はあのように全く透きもない賢夫人ですから、酒井様も息もつまるでしょうね」

  「それはそのおお」
  「とにかく、当面の問題はこのお女中の腹にいるお子をどうするかでしょう」
  「うむ、それはそうだが」
 海老蔵はおみのの方にことさら笑顔を振り向けながら言った。
  「フフフフ、そなた。おみの殿と申されるのだな」
  「ははい」
 おみのは突然に海老蔵に声を掛けられておずおずと答えた。
  「そなたとしてはともかく、お腹の中の子を日陰者にしたくないことと自分の手で育てたいことの二点じゃな。それが適えば文句はないのであるな」
 その海老蔵の言葉におみのは頷きながら「貴方様に良いお考えがあるのでございますか」と尋ねるのである。
  「まああ無いこともないがな」
 その海老蔵の言葉に兵庫が顔を上げてやや不安そうに「どのような考えじゃ」と聞いた。
  「ともかく、あの佐和殿が万事、おみの殿とその腹の子のことをご了解すれば宜しいのでしょう」
  「それはそうだが、そのように旨い話があるのか」
  「まあちと難しいですが、無いこともないではありませんが」
 そのように鳥羽海老蔵はやや意味ありげに微笑を浮かべて話しはじめるのである。  



 それから更に数日が過ぎたある日のこと。
 賞普請支配を勤める旗本・酒井兵庫の屋敷をその組下の旗本・鳥羽海老蔵が訪ねてきたのはたまたま当主である兵庫が屋敷に在宅している日のことであった。その日は兵庫にとっては組下の旗本や御家人らとの面会日に当たっていた。小普請に属する無役の旗本や御家人らはそれぞれの支配約に面会しては約に就くための推薦を頼むのであった。
  「これはこれは海老蔵様。先日は多美殿が参られて結構なものを頂きまして。くれぐれも多美殿に宜しくお伝え下さい」
 海老蔵に対して兵庫の妻である佐和はそのように挨拶をすると海老蔵も「いえいえ、先日は多美がお伺いしてお礼を申し上げた様に吾が舅の49日の法要にご夫妻揃ってご出席いただきまして。誠に有難う存じます。わたくしからも改めて御礼申し上げます」
 そのように海老蔵はいつものように如才なく挨拶をするのであった。

  「それはそれはご丁寧なご挨拶。誠に恐れ入ります」
 佐和はそのように返事を返しながらもいま一つ、この実の姪の夫であるこの男には信用できないものを感じているのである。
 そのようなところに当主である兵庫がやってきたのである。
  「これはこれは鳥羽殿、お待たせいたしたな」
 夫がそう言うのを聞いた沢は「それでは」と言ってその場を去ろうとしたところ、それを海老蔵がが押しとどめた。
  「いえいえ、本日は御内儀殿に関することでお伺いいたしたのです」
  「ええ、わたくしのことで?」

 そのように言われるとさすがに佐和もその場を去ることが出来なかった。夫の兵庫もそのように目配せするのでやむなく佐和もその場に残ることになったのである。
 兵庫は佐和がその場に着座するのを確かめたあとは改めて海老蔵の方を振り返り、「それでは鳥羽殿、お話をお聞きしようか。この家内に関わる話とは何かな」と佐和の方を眺めながら、そのように話を切り出すのである。


  「はあ、そのことでございますが」
 海老蔵顔を上げてから話始めた。

 先日、海老蔵の妻である多美がこの屋敷に実の叔母である佐和を訪ねて話をしたことから話を始めた。
  「その際に、妻が失礼ながら、佐和殿のお顔色が余り、優れないのをかなり気にしておりましてなあ。吾が妻は叔母上はご気分が優れないのではないのかと申しましてな」
 その海老蔵の言葉に佐和はやや表情を曇らせながら「多美殿はそのように言われましたか?。それはそれはご心配をおかけして申し訳ありません」と頭を下げながら言うのであった。


 それに対して海老蔵は微笑しながら手を大きく左右に振りながら「いえいえ、御内儀、いや叔母上。そのように恐縮されると拙者は多美に叱られます。しかし、我妻にとっては御内儀は実の姉も同然のお方。やはり、多美も気を揉んでおりましてな」

 それから、海老蔵は一転して顔を先ほどから黙っている兵庫の方を向きながら言った。
  「酒井殿、いや、御支配殿はどう思われますかな」
 そのように海老蔵に問われると兵庫は重々しく頷きながら口を開いた。
  「左様、鳥羽殿、貴殿にそういわれると確かに家内の顔色が最近、さえないのがやや気になってはおったがいろいろと諸事多忙でそのままになっておった。ご貴殿が言ってくれてありがたいと思っておる」
 そのように兵庫は真面目腐って海老蔵に頭を下げるのである。その夫の姿を見てさすがに佐和もやや慌てて「そんな、あなたまでにそのようなご心配をおかけしていて申し訳ありません」と夫に頭を下げるのである。

 その妻の姿を見ながら兵庫は改めて海老蔵の方を振り返ると「それで鳥羽殿、貴殿が家内の件についてのお話とはどう言うことじゃな」とその先の話を促した。
  「はい、そのことでございますが。この件で御内儀はどこぞの医者にでもかかられておるのでございますか」
  「いや、医者など。もしも、これくらいのことで医者などにかかるのも大げさな話じゃ。へたをするといろいろと変な噂をされる恐れがある」
 兵庫がそのようにやや困惑したように言うと海老蔵も頷きながら言った。
  「その通りです。確かに、やや気分がさえないくらいで医者にかかるのも大げさです。しかし、このまま放ってもおけんでしょう。それでですが」
 そこで一息ついてから海老蔵は更に言葉を続けた。
  「実は、拙者の知人に良い、鍼灸師がおるのですが、その者に御内儀を療治させたらいかがと思いまして」
  「なに、鍼灸師と、それはつまり、早い話があんまのことかな」

  「確かにあんまと言われるのであればその者はあんまもやりますが」
  「その者はいわゆる座頭なのであろう。そそのような輩では」
 兵庫はややむっとした様な表情をした。そこには明らかにそのような座頭のあんま風情が約に立つのかと言う口ぶりである。

  「確かに、その者は座頭には違いありませんが。ただのそこいらでピーピーと笛を鳴らしているような者とは違います。年は拙者と同じ、三十そこそこではありますが、既に勾当の位を持っている者でございます」
  「なるほど、既に勾当の位に就いておるのであれば、並の座頭とは違う様だな。それで何と申される御仁じゃ」
 さすがに兵庫は勾当が検校に継いでそれなりに敬意を払われる身分であることは承知している様である。
  「はい、その御仁は武井猪市勾当と言われまして」
 そこで海老蔵は武井勾当の簡単な経歴を話すのである。それを兵庫並びに佐和も熱心に聞いているのであった。
  「ほう、あの花岡検校殿の弟子で、杉山流鍼灸稽古所で学ばれておるのか」

  「はい、それに本来は、奥州の小藩の出とはいえ、一応、それなりの武家の出ですので、いわゆる無知、無学の座頭とは違い、それなりに学問、識見のある人物で、その為、多くの旗本・御家人や裕福な商家等に出入りしておりますし、評判も良い様です」

  「ウーム、なるほど、鳥羽殿、そなたはその座頭殿、いや勾当殿にこの佐和を治療させたら、どうかといわれるのであるな」

  「はい、その者であれば御内儀のご気分がさえないのも上手く治療してくれるやもしれませぬ。まあ早々、深刻な話でなく、駄目でもともとの軽いお気持ちでその者をお呼びしてはいかがです」

  「そうじゃのう」と兵庫は少し、考え込んでから佐和の方を振り返り「そなたはどう思う。この鳥羽殿にご足労をおかけしてその御仁をこの屋敷にまで来てもらおうかの」と言った。
 それに対して佐和は頭を下げながら「あなたがそれが良いともうされるのであれば、わたくしはそれで結構でございます」と言葉透く何返事を返すのである。
 その妻の返事に頷いて兵庫は海老蔵に向かって「それでは鳥羽殿、よしなにお願いする」と言うと海老蔵は笑顔で「はい」と返事をかえすのであった。



 それからまた数日後のある日の昼下がりの頃である。
 賞普請支配を勤める禄高三千石の旗本、酒井兵庫の屋敷の門をある風変わりな一行が訪ねてきたのである。


 その日に門番を勤めていた中間の石松が門を開けて見ると、一見、どこぞの寺院の僧侶のような格好をした男が片方の手で杖を突きながら、また片方の手を町人らしい供の者に手引きされながら立っていた。更にその背後には石松と同じような中間らしい身なりの男がはさみ箱を担いでいた。
  石松はその男の招待がよく判らなかったので「失礼ですが、どなた様でしょうか?」と尋ねるとその僧侶と思われる男は微笑しながら次のように答えるのであった。
  「わたくしは鍼灸・あんまを生業としている武井猪市と申す座頭でございます。このお屋敷の奥方様を療治するようにご依頼を受けまして本日、参上した次第です。どうか、お取次ぎを」

 石松はああと思った。そのような者が本日、屋敷を訪ねてくると女中頭のおとくに事前に聞いていたからである。
  「そそれでは鍼の先生とは貴方様のことでございますか。どうぞどうぞ。お待ち申しておりました」
 
 石松はそう言ってその一行を屋敷に入れたのである。
 屋敷に招き入れられた武井猪市ははさみ箱を担いでいた中間をここで待つようにと玄関先にとどめ、はさみ箱はそれまで猪市を手引きさせていた手代の健吉に持たせながら、自分は酒井家の女中に手引きされて屋敷の奥に入っていったのである。
 
 健吉は猪市が勾当に昇進したおりりに手代として雇い入れたのである。健吉は文字通りの猪市の手引き約と同時に彼の目の代わりを務めて彼のところに来る手紙を読んだり、彼に代わって手紙を書くような役目を負っていた。健吉は町人ながら、武家芳香の経験があるらしく、文字の読み書きも並の武士以上に堪能であった。

 こうして、武井猪市はこの屋敷の奥方である佐和の居室まで招き寄せられたのである。佐和の居間に入ると猪市は健吉からはさみ箱を受け取ると「あとはもう良い。あとはわたくしがやる。健吉、そなたはいつものように玄関先で待っておれ」と命じると健吉は黙って一例するとその部屋を退出するのであった。

  それから、手渡されたはさみ箱を傍らに置くと、猪市は改めて佐和の方を振り向いて改めて平伏して挨拶を述べるのである。
  「武井猪市でございます。本日は奥方様には手前のような者をお招きいただきまして、誠に有難うぞんじます。どこまで奥方様のお役に立てるかは存じませんが、精一杯療治にあたりますので宜しく願います」

  「これはこれはご丁寧なご挨拶。痛み入ります。ご多忙な勾当殿には返ってご迷惑でしたでしょう」
   
 佐和はそのように返事を返しながら猪市を観察していた。なるほど、僧侶のような身なり、その所作もせいもあろうが、確かにこの目の前の座頭はその辺の街中でよく見かける座頭の類とはちょっと違うようである。体格は小柄の割りには少々太り気味ではあるがその表情は穏やかであり、武家の出と言われるようにそれなりの品格も備わっている様子である。

  「鳥羽様のお話では奥方様にはこのところ、体調が優れないとのことでございますが」
 挨拶がすむと早々に勾当はそのように話を切り出すのである。
  「ええ、そうなんですが、あのお、勾当殿は海老蔵殿、いえ鳥羽様とはどんなお知り合いで」

  「それはですね。わたくしの師である花岡検校様が開いておられる国学講義所の関わりで海老蔵様、いや鳥羽様のご実家である林大学頭様のところに出入りしておりますが、わたくしもその師のお供でよく林家に出入りしておりまして、その際にまだ林家の部屋住みであられた鳥羽様とは親しくさせていただいたのでございます」

 そのようなことを言いながら勾当は更に佐和に尋ねるのである。
  「ご気分が余り、宜しくないとのことでございますが。具体的にはどのようなことでございます」
 そのように猪市に問われて佐和はやや困った様な表情をしながら考え考え口を開き始めるのである。
  「そうですね。やや頭が痛いと言うよりはやや重たい感じがします。それと少し肩が突っ張るような感じががすることとそれとあとは腰にやや鈍い痛みが時折あることでしょうか。まあどれも我慢すればできないこともない。ほんの些細なことでありますが」

 その佐和の言葉に勾当はやや大きく手を左右に振りながら言った。
  「いえいえ、そのような些細なことが積み重なって思わぬ病になることも無いとは申しませぬ。ですから、いまのうちに治療するに越したことはござらぬ」
 それから、猪市は佐和に食欲、睡眠のこと。便通等のいくつかの体調のことについていわゆる問診を重ねたのである。

 それらの問診に対する佐和の返事を黙って聞いていた猪市は「判りました。とりあえずは施術いたしましょう。それでは」
 そこで猪市は一息をついてから佐和にやや目を伏せながら言った。
  「奥方様はいま多分、ご立派なお着物を着ておられると思いますが、そのままで施術は適いませんので、誠に恐れ入りますが。そのお着物をここでお脱ぎ願いたいのでございます」
  その意外な言葉にさすがに佐和は眉を寄せて言った。
  「何ですって、勾当殿、そなた、このわらわに着物を脱いで肌を晒せと申すのか」
 その口調には明らかに怒りの感じがあったので猪市は慌てて言った。
  「いえいえ、肌をさらせとはそんな無礼なことは申してはおりません。これはこれはわたくしの言葉足らずでございました。奥方様にはわたくしが施術しやすいように長襦袢姿で気楽にしていただきたいのです」
 勾当はそれこそ平身低頭の感で弁明するのでようやく佐和も機嫌を直すのである。
  「判りました。わらわが長襦袢姿になれば宜しいのですね」
  「はい、それだけでございます」
 イ猪市は尚も頭を下げてそう言うのである。
 その猪市の姿を眺めつつ佐和はやや深いため息をつきながら「わかりました。長襦袢姿になりましょう」
 佐和はそう言うとすくっと立ち上がるのである。

 それから佐和は近くにある衝立の向こう側に入ると帯に手をつけて解き始めるのである。
  「シュルシュルシュルシュルー」
 そのように衣擦れの音がしたかと思うとやがて薄黄緑色の長襦袢姿となった佐和が衝立の向こう側から出てきたのである。
 それを察した猪市は「それではお布団の上でお背中をわたくしに見せながらお座り下さい」と言うのであった。既に事前にその部屋には寝床の用意がなされていたのは言うまでもない そして佐和は言われたようにとその布団の上に長襦袢姿の身を猪市に背を向けて正座するのであった。
 それを確かめると猪市は「それではボ無礼いたします」と言って近づくのであった。



 佐和のすぐ後ろまで来た猪市は「それではぼ無礼します」と言いながら、既に用意していた白い手拭を正座している佐和の両肩にかけてから、ゆっくりと佐和の両肩を揉みはじめるのである。

そうやってしばらくの間、佐和は背後から両肩を猪市に揉まれながら、気持ちよく過ごしていたが、やがて猪市は揉むのを止めた。そして独り言のようにこう呟くのである。
  「おかしいのおお、こりが全くとれん」
 勾当はそのように呟いたかと思うと俄かに考え込み始めたのである。その勾当の様子にやや不安を感じた佐和は「あのおお、勾当殿、どうされたのです?」と聞くのである。
 その佐和の問いかけに猪市はハットしたようにしてから口を開いた。
  「これはこれは失礼申し上げました。しかし、奥方様の肩を実際にお揉みして、そのこりと言うか、はりの硬さにやや困惑しまして」
  「えええ、そんなにでございますか?」
  「はい、わたくしはまだまだ未熟者ではございますが。それでも少なからず野お宅に伺いまして、多くの方の肩等をお揉みしてまいりました。その中にはかなりご年配の方もおりますが、はなはだ申し上げにくいながら、そのような方と比べましても奥方様の肩のこりは硬いと存じます」
 そのようなことを猪市はやや俯きながらも淡々と話すのである。

  「そそれで今後、どうなると申されるのです。勾当殿」
  「はああ、はなはだ申し上げにくいのですが、このままですと奥方様には四十路を越えた頃より、ほとんど肩が上がらなくなるとわたくしはみたてますが」
  「ええ、四十路を越えると?」
 四十路と言えば本年三十九歳である佐和にとって、もう目の前である。
  「はい、残念ながら、そうなると思いますが。しかし、今後のわたくしの療治次第ではなんとかなるかも知れませんが」
  「勾当殿のご療治次第とな。それではお願いします。ぜひ、療治して、そのような肩のこりをとってたもれ」

  「それはもう、わたくしの力の限りを尽くしまして、しかし、ただただ奥方様をお揉みするだけの療治だけではなかなか」
  「それではどうされるのです」
 
  「それでお願いがあるのですが、奥方様にに灸を試させていただきたいのです」
 その勾当の言葉に佐和は眉ねを寄せて「わらわに灸を試すだと、それでは肌を晒せと申すのか」とび気色ばむ様子を示すのである。それに本音としてはやはり、灸は暑いものと佐和は考えていて、出来れば佐和としてもそのような思いはしたくないのであるが、武家の女として熱いから灸は嫌だとも言えないのである。
 その佐和の言葉に勾当はまたまた大きく手を左右に振りながら陳弁に勤めるのである。
  「いえいえ、灸と申しましても、わたくしが特にご夫人に試す灸は普通の灸とは少し違います。まあ灸は灸でも温灸と申すものでございます」
  「温灸とな。普通の灸とはどこが違うと申されるのだ。勾当殿」
 佐和は疑わしそうに猪市を軽く睨むのであるが、口調は穏やかになっていた。
  「はい、肌を晒すこともありませんし、それに普通の灸のように熱いこともありません」
 勾当はそのようなことを言いながら、傍らにあるはさみ箱を開けたかと思うと、その中からあるものを取り出し始めるのである。

 それは貝殻ぐらいのおおきさの陶磁器で作られた器のようなもので、猪市はそのようなものを数個を佐和の前に示しながら口を開くのである。
  「奥方様、良くご覧になって下さいませ、わたくしが申します。温灸と言うものはこのような器に蓬を詰めた上体で点火したものを療治する方の肩、腰等の患部の上に措いて、暖めるて気血の巡りを良くするための療法でございます」
 そのような勾当の説明を聞きながら、佐和は興味深そうにそれらの容器を手にとりしげしげと眺めるのである。そして、猪市に確かめる様に言うのである。
  「それでは勾当殿、あなたが申される温灸と申すものは直接、素肌に灸を吸えて肌を焼くものではないのであるな」
  「左様でございます。先ほども申し上げた様にわたくしが試そうとしている温灸と申すものは器越しの灸の暖かさによって奥方様の肩、腰のこりや張りを和らげて、同時に揉み上げることによって療治していくやり方でございまして。やはり、肌を焼くことに抵抗を示される他のご夫人方にもなかなか好評な療法でございます」
  「それでは本当にわらわは肌を晒すことは全く必要なないのであるな」
  「はい、その必要はございません。どうでございましょう。わたくしに奥方様に対して温灸を試すことをお許しねがいましょうか?」
 猪市は平伏しながらもやや佐和を見上げるような調子で温灸を試すことの許しを求めたのである。
 それに対して、佐和はゆっくりと頷いて「判りました。それではお願い致します」と言ったのである。
  「ありがとう存じます。それでは奥方様、恐れ入りますが、お布団の上にうつ伏せになってくださいませ」
 佐和は猪市の言う通りに布団の上にうつ伏せになった。それを確かめた猪市はそれからおもむろに例の容器を自分の目の前に置くと、再びはさみ箱の中からやはり別の器に入れていた蓬をそれらの容器に詰め始めたのである。

 それから、猪市は更に箱の中から、線香と線香台を取り出した。そして更に火打石を出して、線香に日を点けてから線香台に立てたのである。
 
 猪市はそれらの一連の作業を終えると今度は布団の上ににうつ伏せになっている佐和の方を振り向くと「それでは失礼します」と言ってから佐和の両肩の上に手拭を置くと、その上に更に蓬を詰めた容器の幾つかを置いたのである。
 それから猪市は線香台に立てた線香を手に取り、再び布団の上の佐和に近づくと「それでは点火しますので気をつけてください。しばらくはそのままの状態で動かないで下さいませ」と言いながら、線香を一、二回振るとやがて佐和の肩の上に乗せている蓬を詰めた容器に線香で点火し始めるのである。
 

 それからしばらく立つと器の中の蓬から煙がもくもくと出るようになり、やがてポカポカと佐和の肩を温め始めたのが佐和にも感じられたのである。

  「どうでございましょう。奥方様、ご気分はいかがでしょう」



  「えええ、ほんにわららの肩が段々とぬくうなってまいりました」
 佐和はそのように答えながら、その表情も何となく夢心地のような感じである。実際、佐和は段々と何か気持ちまでも暖かくなるような感じをうけるのであった。
 その佐和の返事を猪市は満足したように聞きながら「そうでございましょう。そうやって奥方様の肩の気血の巡りを良くしておるのでございます」
 猪市はそのようなことを佐和の耳元まで口を近づけて嘯くのである。そしてそれを佐和はややうっとりとしたような感じで聞くのであった。

 特に佐和にとって意外であったのが、器の中で燃えて煙を出す蓬から出る匂いが佐和が承知している蓬が燃える匂いとは違って、何か良い匂いがするのである。

  「勾当殿、この器の中の蓬は他とは違って良い匂いがいたしますね」

 佐和がそのように猪市に尋ねると猪市は顔を綻ばせて「奥方様、さすがにお判りになりましたか?」
 そのように言ってから更に口を佐和の耳元に近づけながら囁くように言った。
  「実はですね。蓬の中にほんの少しですが、伽羅などの良い香りがするものを混ぜております。これもまた他のご夫人方にはなかなか好評でして」
  「なるほど、勾当殿、おっしゃる通り、良い香りでございます」
 佐和はそのようにウットリとしたように言うのであった。

 それから、猪市は佐和の腰部にもその蓬を詰めた器を置いて点火し、結局のところ、約四半時[三十分]程の時間をかけて佐和の肩及び腰部にいわゆる温灸を試みたのであった。その間、佐和は半ば夢心地の境地に浸っていたのであった しかし、その間、布団の上にうつ伏せの状態になっていた佐和は温灸がなされている間、猪市自身は巧みにおのれの口と鼻を塞いでいて蓬が燃えることによって出る煙やその匂い、香りを嗅ぐことを防いでいたことを知る由もないのである。
2017/08/13 05:56:17(EwqPb/HK)
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