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1:カラスの巣
投稿者:
中臣 秀親
昼間でも少し暗い事務所。
陽子はパソコンに向かい、難しい数字を打ち込んでいる。 "カタカタカタ" テンポよくキーボードを叩く音に佐伯は無精髭を擦りながら、出来上がって来たパンフレットを3つテーブルに並べて、あくびをする。 「ふぅわぁーあぁ。陽子ちゃーん、終わった?」 キーボードの横のマグカップのコーヒーを1口啜って、陽子は手を止めて 「佐伯さーん、暇なら手伝いなさいよー!」 「えーダルい」 「ったく、なら我慢して待っててよ」 佐伯はまた無精髭を弄りながら、並べたパンフレットをしまい始めた。 佐伯は自分のパソコンに前に座り 「陽子ちゃん?あと何枚入れんの?打つよ?」 陽子は、傍らに重ねてある資料を数枚手に取ると、サッと立ち上がり、佐伯の横に立ち 「あと、これだけ。ここの数字、去年のですから、資料を見て今期の数字がコレ。修正しながら、ここをクリックすると、ほら、ここの表が変化します。ここの表のこの色ありますよね?ココが赤になったら、ここをクリックです。ほら、ここの数字見てください。グリーンでしょ?これの繰り返しです」とあれこれ指で指示しながら的確に教えてくれる。 陽子の指示通り、キーボードを打つ。 夜19:40 「なぁ、陽子ちゃん?まだ新婚だろ?あとやっとくから、上がりな」 「えっ!いいんですか?ほんとに上がっちゃいますよ?」 「おうっ。おつかれ」 「えへへ。んじゃ、お先です」 「陽子ちゃん、あしたなー」 佐伯は、陽子の指示通りの手順を淡々とこなしていく。 20:20 「おわっ、ったぁーあー」 佐伯は、出来た資料をプリントアウトし、パソコンを落とし、電気を消して、事務所の鍵を締め、社を出た。 「ちっ、なんだよ。雪降ってんじゃねーか」呟き、空を見上げる。 「んだよっ!空、晴れてんじゃん。変なの」 とコートの襟を立てて、駅前の居酒屋を目指した。 「いらっしゃいませー、お好きな席にどーぞー!」 平日の夜。 辺りには、他にもこの時間に開いている店は多いが、とりわけこの店は盛っているようで、見える限りは満席の様だ。 佐伯は奥の壁際の2人用のこじんまりとした席に座り、熱燗とおでんを頼んだ。 待っている間にLINE 確認する。 陽子から 「お疲れ様です。終わりましたか?残って頂いてありがとうございました。お陰で旦那と一緒に食事がとれました。」 と旦那とのツーショットを送ってきた。 陽子の旦那は、佐伯の後輩で佐伯を慕っていた1人だった。 それは勿論陽子もその内の1人である。 「見せつけんじゃねーよ!笑 早くベッド行って跡取りつくれ!」と茶化す。 スマホをしまうと佐伯の顔がほころんだ。 それは、熱燗が熱かったせいでも、おでんがことの他美味かったせいでも無かった。 この2人の幸せそうな顔が、そうさせた。 「ありがとうございました。お会計、1680円です。」 店をでると、さっきより大粒な雪が顔にぶつかってくる。 駅に着き、待合室に入ると若い高校生くらいのカップルが手を繋いでくっついてストーブの前に座っている。 「次の3番線、〇〇行きのれんらくです。〇〇行きのお客様は3番線でお待ちください。」アナウンスを聞いて、佐伯は待合室を出る。 どうやら、あの若いカップルは乗らないらしい。 ホームには佐伯1人だった。 ホームに電車が滑り込んでくる。 正面に沢山の雪を付け、ライトをこうこうと照らして。 佐伯がアパートに着き部屋の電気を付ける。 「ふぅ。この瞬間。いやになるな・・・ 」 佐伯はいつもこう思っていた。 テレビを付け、風呂にお湯を貯める。 テレビからはニュースが流れてくる。 仕事内容的に時事情報は欠かせないので、聞き耳だけ立てて、着替える。 「次のニュースです。本日未明、〇〇市、〇〇町付近で男性が血を流して倒れている所を近所の住人が発見し、緊急搬送されました。発見した住人によると悲鳴を聞きつけ駆けつけると男性が倒れており、走り去る人影を見たとの事、倒れていた男性は搬送後、死亡が確認されました。尚、警察によると、犯人と思われる走り去った人物の特定を近くの防犯カメラ等で・・・」 "近所じゃねーか!?"佐伯は、ニュースに釘付けになる。 「・・・搬送先で死亡が確認された男性は、上野春樹さん36歳で近くの有限会社柴田に従業員で、帰宅途中、何者かによりナイフのような鋭利なもので襲われた模様。また、新しい情報が入り次第、お知らせ致します。では、次のニュースです。今日、〇〇市では、市長自ら・・・ 」 "上野?あの上野春樹??死んだ??" 瞬間、LINEが鳴る。 見ると陽子だ。 「佐伯さん!ニュースみて!」 「今、見た!上野が死んだ!」 「佐伯さん!会社行った方がいいですか?」 「いや、来てもしかたねーよ!ハッキリするまで普通にしててくれ」 「わかりました」 以来、なかなかニュースではなにも情報が出てこなかった。 やきもきしながら、テレビ 齧り付いているとチャイムがなる。 「こんばんは、県警のものです」 ガチャ。 「遅くにすいません。佐伯さんで宜しいですか?ニュース、ご覧になられましたか?」 「あぁ、寒いから取り敢えず中でお願いします。」 佐伯は県警の人間を4人、中に招いた。 「では、失礼させていただきます。」 県警の話だと、こうだ。 「退社した上野は、駅の逆側数百メートルの地点で何者かに急所を刺され絶命した。スマホや財布等は全て抜かれていた。争った形跡は無し。顔見知りの犯行だと見ている」だ、そうだ。 それからアリバイの証明説明をし、明日、社に来て俺と陽子のパソコンに打刻時間の確認にくると行って帰って行った。 社長から電話がくる。 「佐伯、お前、残業してたらしいじゃないか?例の調査結果だろう?上野は定時か?」 「はい、なんでも女が出来たとかなんとかで、陽子ちゃんと俺だけでしたよ」 「佐伯、その女の事、警察に言ったか?」 「そういえば、聞かれなかったっすね。俺も言ってませんよ」 「そうか。もし、その話が出なきゃ黙っててくれるか?詰められた時に忘れてたで通る範囲でいい」 「なんかありそうっすね。分かりました。忘れてたで通る範囲でいいなら、やってみますけど。上野、なにかやらかしてたんですか?」 「佐伯はしらなくていい。余計な詮索はするな」 「じゃ、陽子ちゃん?なんて言うんすか?」 「あぁ、陽子は俺が納得させるよ。佐伯はこのまま普通に明日、出勤してくれるばいい。余計な事はしなくていい」 その日、結局、それ以上の事はニュースにもならなかった。 翌日、出社すると社内は上野の話題で仕事にもならなかった。 陽子は、社長に何を言われたのか? 今日 遂に俺とは一言も会話を交わさずに退社していった。 (何か、おかしい) 次の日も、また、その次の日も気がつくと活気が消えていった。 そればかりか、1人、また1人と社を去っていき始めた。 ふた月も経つと、社員の数は3分の2まで減少していた。 「みなさん、長い間、社を支えてくるて感謝しかありません。この度、12月を持って、我社は閉める事となりました。」 突然だった。 この日、陽子の姿を見なかった。 この所、陽子にLINEしても既読すら着いてない。 心配になって、家に向かう。 「あ、佐伯さん?どうしたんですか?」 「よお!元気にしてるか?最近、陽子ちゃん、どうしてる?LINE送っても既読すらつかねーから心配でよ。ちょっと近くまで来たから、様子見に。な。」 陽子の旦那は少し怪訝な顔をしてから 「陽子ー!佐伯さん。ちょっと上がってください」 「ほんじゃ、お邪魔」 陽子はやつれて出てきた。 「あ、佐伯さん・・・すいません。」 「おい・・・陽子ちゃん、どうした?すんげー具合悪そーじゃん!?」 「すいません・・・」 と陽子はそれっきり、黙ってしまった。 すると隣の旦那も口を挟み 「最近、こんな調子で・・・俺にも話してくれないんすよね、困ちゃって」 「なぁ?陽子ちゃん?今日、会社、潰れたぜ?なにかあるなら、話してみ?」 陽子は、相変わらず俯いたままで 「帰って!はなすことない・・・」 これまで見たことのない陽子の表情にただならない何かを感じた。 「わかったよ。なにか話したくなったら、LINEくれよ?」 そう言って佐伯は陽子の部屋を後にした。 さてと、それも気になるが・・・ 取り敢えず、次の職見つけねーとなぁ プルルルル ガチャ「もしもし?近藤です。」 「おう!近藤!俺だ、佐伯」 「あ、佐伯さん!どうしたんすか?」 「あああ。上野事件あったろ?あそこの社員だったんだけどよ、潰れたろ?今、無職でよ笑」 「あ、ああ。そういえばそうでしたっすよね!えーっと、取り敢えずの仕事ならありますよ?」 「そうか。明日、顔出すわ」 「了解っす。多分、佐伯さんに丁度いいかもっすね、この仕事。、明日、お待ちしてますね。んじゃ」 翌日。 「よっ!暫く見ねーウチに精悍になったな、近藤。」 「佐伯さんは、かわらんっすね。で、仕事なんっすけど、コレっす」 差し出された資料。 「お、おいっ!おま、これって上野事件じゃねーかっ!」 「だから言ったっしょ?佐伯向きかもって」 「近藤、幾らだ?」 「そうっすねー。300。」 「近藤、乗った」 「佐伯さん まいどありー!あ、あとこれも持ってってください。」 渡されたモノの中には、何冊も雑誌が入っている。 その雑誌をペラペラと捲っていくと、ある事に気づく。 「なぁ、近藤?なんでどれも何ページか破られてんだ?」 「さすが佐伯さんっすね。俺はそこになんかあると見てるっす」 「探せって事な。貰ってく。あ、それとアレよこせよ」 「ああ、ちょっと待ってください。」 近藤はデスクに行き、2台のスマホを出してくる。 「佐伯さん、電話帳にここと俺の番号いれてますんで」 「サンキュー!早速帰って仕事に取り掛かるわ」 「あ、佐伯さん!エロサイトなんか見ちゃダメっすからねー!」 「んなもん、見ねーよ!近藤じゃあるまいし!」 事務所を出ると近藤の笑い声だけ響いていた。 近藤。 かつての自衛隊の仲間だ。 今では、裏探偵を生業にしている。 国内は勿論、海外にもルートを持ち、かなりの情報を持っている。 敢えて目立たない事務所を構え、看板等は出してない。クチコミの客しか相手にしないからだ。 が、しかし。 近藤が手にした事件かぁ。 骨が折れそうだな。 気にかかる事ばかりだ。 陽子の変貌。 社の急激な衰退。 なにより、上野の死。 恐らく何者かによる報道規制。 佐伯は家に帰り、翌朝、借りていたアパートを引き払う。 所持していた車も処分し、忽ち、佐伯と言う人間は存在を消した。 佐伯は、佐野と名乗っている。 拠点も東京から群馬に引越し、そこから長野に越してきた。 その間に佐野なりに調査を進めて来た。 つづく。
2023/12/02 13:11:02(fBEs7230)
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