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1:女の憂鬱
投稿者:
さゆり
コツッ…コツッ…コツッ…コツッ………
6月中旬の昼下り、梅雨の中休みの強い陽射しの中を急ぎ歩く。 高い湿度のせいで背中と胸の間を汗が伝い落ちる。 ただでさえ不快なこの季節、着る物は見た目に拘りたい。 水色のスーツを嫌味なく着こなして颯爽と歩く姿は、見る者に爽やかな風を吹きかける。 広川由希子は吹き出す額の汗をメイクが落ちないようにハンカチで抑え、顧客の待つ場所へと点滅の始まった横断歩道を小走りに渡った。 「今日はお時間を取っていただいて、ありがとうございました。追ってご連絡いたしますので……それでは失礼致します」 キャビンアテンダントのように美しいお辞儀を見せて、その場を後にする。 37歳という年齢にしては幾分若く見えるのは、スラリとしたスタイルの良さに童顔も手伝って、そこから溢れる人なっこい笑顔は人を虜にさせる。 ふぅ〜っと充実感に満ちた息を落とし、少し遅い昼食にと行きつけのカフェへと足を向ける。 緑鮮やかな葉をつけた枝が木陰を作り、その下で頬張るクラブハウスサンドがお気に入りなのだ。 何よりあの笑顔が見たい………心の栄養剤だから。 男性店員「いらっしゃいませ……今日は少し遅いですか?」 由希子「知ってるでしょ、私の仕事。やっと一息ついたから寄ったの」 直ぐお持ちしますから……そう言って待ち望んでいた笑顔を残し、店の奥に去る背中を見送る。 まるでマイナスイオンのような彼の笑顔、年甲斐もなく見たくて来ることは自分だけの秘密だった。 やがてバスケットに入ったクラブハウスサンドが運ばれてきた。 汗の臭いなんかさせたくなて、デオドラントスプレーをしておいた効果はあったはず。 有難うと笑顔に笑顔で返して、一口頬張った。 まだ20代かな、私がもうちょっと若かったらな……… ぼんやりと咀嚼しながらアイスカフェオレで喉を潤す。 友人や同期も随分と結婚して、独身組の女は自分を除いて1人だけしかいない。彼女は離婚を経験した出戻りだけど、成績は以前のキャリアが伊達ではないと証明している。 今の生活に不満はない。 自分にだってそれなりにパートナーがいる時期はあった。 付き合いが長くなると結婚をするタイミングを逃す事もある。 別々の道に進んだことに後悔はなく、今は独りが楽で何より心地いい。 まだ37歳、もう37歳なのか、人肌が恋しい夜だって正直ある。 子宮の疼きを満たくて独り自慰に溺れて寝る夜だってある。 特に生理の前後はその傾向は顕著になって、男性の腕に抱かれる想像をしてしまう。 そしてその腕の男性はクラブハウスサンドを運んできてくれた彼と結びつき………何を考えてるんだか、私って……。 残りのクラブハウスサンドを急ぎ喉に押し込んで、淫らな妄想を振り払うように椅子から腰を上げた。 「有難うございました」 男性店員はそう由希子に声をかけると、去りゆく彼女の背中を羨望の眼差しで見つめる。 今度はいつ来てくれるかな……。 30歳くらいにしか見えない彼女の笑顔が好きだった。 指輪をしていないから独身?いや、指輪をしない夫婦だっている。 あれだけ美人なら彼氏くらいはいるんだろうな………。 忸怩たる思いに想像は妄想に発展する。 体にフィットした爽やかな水色のスーツ。 七分丈の腕から伸びる白い腕。 短すぎない彼女に合ったタイトスカートから伸びる長い脚。 形の良い魅力的なお尻に浮かぶパンティライン。薄地のスーツの背中に浮かんで見えるブラジャーのライン。 キュッとした細いウエストが女性らしく、素敵なボディラインを助長していた。 綺麗なのに少し童顔な彼女は可愛らしくも見えて、何を着ても似合うはずと確信している。 そんなあの人と恋仲になれたら……。 あの人下着はどんなだろう………。 胸は、アソコは、裸体はきっと……。 ちきしょう………。 そんな2人の運命は人知れず、交錯する日を迎えることになる。
2024/04/16 19:01:14(VT.Iw6uF)
投稿者:
さゆり
窓から射し込む強い西日のせいで、顔をしかめなければならなかった。
飲食業に就く者として、休日が平日になるのは仕方がない。 でも混雑しない映画館に入れるのは好都合でしかなく、今日もその帰りの道中の電車に乗車していた。 坪井修は勤めるカフェの公休日に楽しみにしていた映画を観ようとしていたのに午前は寝坊してしまった。だから午後から観るしかなくなって、帰宅ラッシュの真っ只中にいるのだった。 空いている時間帯の電車内は空調が効いて快適なのに、この梅雨時の満員電車は不快極まりない。 不意に左腰に軽い衝撃を感じて振り向く。 スーツを着た男性の鞄がこちらに向かって弾んだように見えたのは、気のせいではない。 視線を上げて鞄の持ち主、スーツの男性の前に視線を走らせる。 そこには薄手の白いジャケットを着た女性の姿が確認できた。 この混雑だから痴漢と勘違いした女性が、抗議を示したのだろうと思った。 このご時世、痴漢をすれば糾弾をされるだけでは済まない。人生を棒に振るリスクを負ってまで手を出す者はそういないはずだと思った。 自分の左側の男が視界を遮るようにスッと半身を被せる。 その男と一瞬だけ目が合った気がしたけど、直ぐに視線を逸らす態度を見て確信した。 こちらに気づいたその男が女性の背後にいる男に合図をすると、その男も気づかれたことを悟ったらしい。 2人は目配せで何やらコンタクトをとった後に、こちらにだけ見えるように隙間を開けたのだ。 鼓動が早くなるのを感じる。 そこにはスカートが捲られてすっかり露出したお尻が見えている。 形の良いお尻の下まで下着が降ろされて、差し込まれた男の手が弄る様子に不覚にも興奮してしまった。 女性の降ろされた手は下で拘束されている。 よくみれば白地に細かな花柄のスカートはワンピースのように見える。 この時期だからかストッキングは身に着けず生足だった。 女性の「ハァ~」という艶めかしい息遣いが聞こえてきた。 クチュクチュと水音が響くたびに女性の頭が弾かれたように跳ね上がる。 隙間を開けて見せてくれた男が目配せをしてきた。 男は顔を傾けて視線の先を見ろと促しているらしい、その先はここからでは見えなくても、想像がついた。 女性の前側にいる男も一味らしい。 背中を向けていながら女性の股間を弄っている。 あの女性の反応は、クリトリスを刺激されているものに違いない。 女性の背後の男がこれみよがしに手を見せる。 指の付け根まで濡れて光っていた。 それを女性股間に戻して水音を立て始める。 前後で攻められては堪らないだろうと思った。 勃起しているのも忘れて、その光景から目を離せなくなっていた。 その男はいよいよペニスを取り出した。 まさか、ついにやるのかと緊張が走る。 こちらとめが合うと、それはルール違反だと抗議を見せた。 悪気なくおどけているが騒がれては堪らないとでも思ったの、取り出したコンドームを装着して見せる。 そもそもルールもクソもないが、これで文句ないだろと言うようにこちらを伺うが、用意周到さに言葉を失ってしまった。 それを女性のソコに擦りつけて、今から入れると心の準備をさせているのだろう。 焦る女性にペニスを触らせて避妊具の装着済みを確認させると、大人しくなってしまった。 散々その気にさせられて妊娠の心配も要らなくなったら……後は期待しかないということか……。 目を離した隙に息を呑む気配を感じた。 挿入の瞬間は見逃してしまったが、頭頂部が見えるくらい頭を後ろに反らした女性がいた。 両手で腰を掴んで短く動く男に明らかに感じる女性。 前にいる男が壁となって後ろの男が忙しく腰を振る。 こんな状況でも前の男にしがみ付くように声を飲み込みながら感じている。 背中に押し付けた女性の顔が横向き、こちらにもはっきり見えた。 全身に電流が走った。 女性は、由希子さんその人だったから………。 そこからの記憶は断片的にしかない。 あまりにもショックだった。 男の射精が済むと、次はお前だと体を入れ替えさせられた気がする。 共犯になれば一蓮托生になる、その意味で保険をかけられたと思い至ったのは事が済んだ後だった。 男が差し出すコンドームを見向きもせず、由希子の中に押し入った。 膣壁が押し広がる生の感触が堪らない。 ザラザラした細かい粒々がペニスを包み込んで、追いすがるように撫で上げる。 由希子のうなじから汗と彼女の体臭が漂ってきて、鼻腔をくすぐる。 手を前に回してワンピースの上から乳房を鷲掴む。 薄手の生地を通してブラジャーのレースが伝わって、その下の柔らかさが堪らない。 片手を下ろして内腿に触れる。 柔らかい肉が汗ばんで突き上げるたびに力の入った筋肉が引き締まる。 手を下ろして触れた由希子の陰毛は、彼女の汁でベッタリと張り付き、破れ目はトロトロだ。 由希子の汁で濡れた指先をクリトリスに持っていく。 覆い隠す皮ごと捏ねて刺激を伝える。 そうすると腰を押し付けてくるように突き出す、そんな由希子の奥を突き上げる形になって快感のループになった。 締め付けとザラザラした壁に包み込まれて続けて危うくなってきた。 顔の見える2人の男たちが下卑た笑みを浮かべている。 もう数駅を通過しているはずだから、15分くらいは繋がりっぱなしになっている。 大っぴらに腰を動かせないのだからしかたがないが、それだけ由希子を気持ち良くさせてあげられている満足感はある。 ほとんど密着した由希子の臀部が短いピストンによって、突き立てのお餅のように波打つ。 由希子の息遣いが辛そうに荒くなってきた。 「ウッ…ンッ…ハッ…」 店では聞いたことのない由希子の絞られた声が口から聞こえてくる。 腰を早めた。 お尻が波打って「ハッハッハッハッ………」由希子の吐息も早くなる。 一層締め付けが強くなってきた。 どこにも逃しようのない快楽が溢れそうになって、由希子が頭を激しく動かす。 その仕草をもっと見ていたい……どんなに願っても射精感は待ってくれそうにない。 由希子の頭は硬直したように動きを止めて、体と一緒になってピストンによる揺れをそのまま見せる。 男たちが……お?……という表情を見せる。 由希子の中にもっと居たい。 無情な射精感がそれを許さない。 考える暇もなく、勢いよく引き抜いた。 ペニスの頭が外気に触れた瞬間、ビクビクと体を震わせる由希子の膣口に向かって射精していた。 膝が抜けて座り込みそうになる由希子を慌てて抱きかかえる。 パンティのクロッチに滴り落ちる精液をそのままに、男たちが引き上げて由希子に履かせる。 辺りに臭いが漂うことを警戒したのだと、このときは考えもしなかった。 自分たち側のドアが開く。 流れるように男たちが散っていく。 ハッとして由希子から距離をおいた。 疲労困憊といった足取りの彼女の姿は女子トイレへと消える。 今更に申しわけ無さがこみ上げたが、もう遅い。 暗い気持ちが後悔となって、重くのしかかっていた。 ふらふらしながら辿り着いたトイレの個室。 冷えて不快なパンティを足から抜き取った。 自らの汁と、自分のものではないものが付着していることは嫌でもわかった。 精液の臭い。 濡らしたトイレットペーパーで下半身を拭い、乾いたトイレットペーパーで重ねて拭いた。 中に出されなかったのは幸運だと思った。 嫌で堪らなかったのに、いつの間にか身を委ねる形になってしまった。 無理矢理に、そう強引にされたのだ。 あんなにされたら誰だっておかしくもなる、私は悪くないはず……。 上り詰めてしまった罪悪感、自分への嫌悪感を相手に責任転嫁することで自我を守ろうとした。 何人いたのか、3人か4人はいたはずだ。 直接に入れてきたのはたぶん、2人だと思う。 不覚にも感じてしまった。 不思議なことに1人目よりも、2人目には愛情を感じたような気がしている。そんなはずはないと思うのに、それほど気持ち良かったのは事実。 誰か知り合いだったとでもいうのか、考えただけでゾッとする。 もしそうだったとしたら、当然許せない。 警察に行くべきか考えでみたが、汚物箱に捨てた下着を拾い上げる気にはなれない。 まだ膣に残るペニスの残影が頭を揺さり、溜息が出た。 あのカフェにいる店員の彼を思い浮かべた。 気持ちをおくびにも出さないが、あの店を訪れるたび胸が高鳴る。 あの爽やかな笑顔は今を生きるモチベーションになっていることを、彼は知らないだろう。 分かっている、こんなおばさんな私と彼とでは、年齢差がありすぎて恋愛は現実的ではない。 何より痴漢に犯されて上り詰める時点で、私には資格なんてない。 せめて2人めの男が彼だったならと、想像する。 私は彼を許せるだろうか、答えは出ない。 バカバカしい考えに終止符を打つ意味で、個室を出る。 鏡の前に映る自分見た。 あんな淫らな私を彼に見られなくて良かった。 あれが彼である筈はない。 もし目撃していたら、間違いなく幻滅するに決まっている。 そうなれば私は人生の喜びを………たぶん失うだろう。 年甲斐もなく自分の気持ちに正直になるのは怖かったが、はじめから成就しない片思いなのだからいいのだと今は思う。 せめてあそこで食事をするくらいなら…… 彼の顔を見るくらいなら神様は赦してくれるはずだから……。 彼の顔を見たいけど、今日は休みのはずだ。 なるべくあのカフェには頻繁に行かないようにしている。 自制をする為、ふらっと寄り道に来たと自分に言い聞かせたいから。 そうだ、明日あのカフェに行こう………。 そうと決まると、あとは外に歩き出すだけだった。
24/04/17 13:00
(YxnPxDOR)
投稿者:
さゆり
目覚まし時計のアラームが鳴る前に目が覚めた。
いつもの朝と同じく体の柔軟をする。猫のように背中を反らせて十分に伸ばし、次に腕を伸ばしてからベッドを出る。 昨日は帰宅してからも食欲は沸かず、お風呂にも入らないで寝てしまっていた。 同じ朝なのに、見慣れない下着を身につけている。 昨日の悪夢が蘇りそうになって身構える。すがるように彼の笑顔を思い出したら嘘のように霧が晴れるから不思議だ。やっぱり彼は私のビタミン剤らしい。 着ているものを脱ぎ捨てて暑いシャワーを頭から浴びる。 無意識に体のチェックをしてしまう。 二の腕、お腹、脇腹、乳房、お尻、太腿………たぶん2〜3キロ太っている。見た目には変わらなくても手が微妙な変化を感じとる。 ………嫌だわ、気おつけないと…… 自分を戒める。 乳房もお尻も、太腿だって若い頃に比べたら多少の変化を感じるが、それでも同年代の女性に比べたら負けてない自信がある。肌だって毎日のお手入れが結果を見せている。 こんなに頑張って誰に見せるというのだろうか、それは………考えることを止めてボディシャンプーを体に塗り拡げる。 乳房に触れた。昨日の行為で鷲掴みにされたことが思い出される。 苦痛を感じる前に手の力を抜いて、ソフトに揉む手つきに変わったのだ。 思いを振り払う。 お尻から太腿、そして下腹部………ソコに触れるとあの強烈な快感がフラッシュバックした。 彼を思い出す。理性が保たれて恐怖心を溶かしてくれるから不思議だ。 こんなことに彼を使って申し訳ない気持ちになるが、甘い余韻となって消えていく。 泡を洗い流してバスタオルに身を包んだ。 化粧水をたっぷりと肌に吸収させ、乳液で蓋をする。 体にはベビーオイルを薄く伸ばしてスキンケアを終えた。 冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、喉に流す。やっと体が覚醒した気がした。 トーストとコーヒー、ヨーグルトの簡単な朝食をお腹に入れて玄関を出た。 電車に乗る前に身構える気持ちがあったのも事実。乗ってしまえばいつもと変わらない通勤電車なのだった。 先方への電話、足を運んで小一時間を過ごして次の目的地を済ませると、もう午後1時半を過ぎていた。今いる場所からは遠いのは分かっている。 それでも胸の高鳴りは止まらない。 50分をかけてカフェの建物が見えてきた頃には午後3時前になっていた。 彼は私の姿を認めると、驚いた顔をして出迎えてくれた。 男性店員「あれ……いらっしゃいませ。今日は遅いんですね」 修は由希子の姿を認めると、内心の動揺を隠せなかった。昨日の今日だったから。 今日はパンツスーツなのは、やっぱり昨日の事があるからだろうかと心が痛む。 何故かこちらの顔を見てホッとしたような表情をして、あの素敵な笑顔を見せてくれた。 少し疲れて見えたのは木のせいだろうか。 パンケーキしか食べるものを注文しない彼女に、勝手にフルーツを加えて出した。 疲れた顔をしてるから奢りだというと、満面の笑みでお腹に収める由希子に少しホッとする。 コーヒーを飲み終えた由希子は「ごちそうさま」そう言い残して軽やかに去って行った。 ホッとしたら昨日のことを思い出して、股間が硬くなるのを自覚する。 由希子を抱きたいと思った。 切にそう思った。 何故か彼は心配そうな顔をしていた。 そんなに疲れた顔をしていたんだろうかと、自分の顔を触ってみるが、さっぱり分からない。 そんなことよりも、笑顔を添えてフルーツをご馳走してくれるなんて、嬉しかった。 正直あまり食欲はなかったのに、ぺろっと食べられたから不思議なのだ。これで午後の仕事を頑張れる。 元気になった気がする。漲る気力をバネに椅子から腰をあげると彼に……ごちそうさま………そう伝えてカフェを後にした。 彼に触れたい、そう思った。 あの頼りがいのありそうな体に。 勇気を出して映画にでも誘ったら来てくれるだろうか。 事前に映画館の下見にでも行ったほうがいいかしら……… 気持ちを弾ませながら、駅に向う歩を早めた。
24/04/17 17:51
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投稿者:
さゆり
一週間はあっという間に過ぎる。
これまで生きてきてこんなに時間が早く感じたことは、恐らくない。 耐えに耐えて一週間後にカフェに寄った時だ。 清水の舞台から飛び降りる………そういった例えがあるように、思い切って彼を映画に誘ったのだ。 「そういえば映画って好き?……チケットが余ってるの……余り物だけど勿体ないじゃない?……私とで申し訳ないけど、良かったら観に行かない?」 彼は二つ返事で絶対に行くと答えてくれた。 映画が大好きだと話してくれたけど、本当だろうか。私に合わせてお芝居を演じたにしては、上手過ぎる。ならば私と観に行けることが嬉しいとか?……いくらなんでも楽観的過ぎだと自分を諌める。やっぱり純粋に映画が好きだと考えるのが自然ではないか、タダで観れるのだから。 とにかくあの喜びようったら、まるで子供のように無邪気で可笑しいのだ。 それからの一週間というもの、自分でも不思議なくらい仕事が充実し、瞬く間に時間が過ぎていた。 何を着ていこうか前日の夜は、鏡の前でちょっとしたファッションショーだった。 何組も試着を繰り返してみても正解が出ることのない、無駄な時間に終わってしまった。 あまり眠れないままに朝を迎えた。 ぼんやりした頭では閃きなんて働くわけがない。 彼はきっとカジュアルな格好だろう。 ほぼスーツを着た私しか見たことがない筈の彼に合わせ、ベージュのラップスカートに白いキャミソール、薄手の白いカーディガンを選んだ。 待ち合わせ場所の駅前に行くと、すぐに彼と分かる男性が目についた。 私と同様にベージュのコットンパンツにTシャツを着た彼がこちらに気づく。 照れ臭そうに私を見る彼は、なかなか目を合わせてくれないのだ。 男性店員「いつもと全く雰囲気が違うからびっくりしました……綺麗だから慣れるまで時間を下さい」 もう、なに言ってるの……そんな上手いこと言っても何も出ないわよ……… 恥ずかしくなって、そう言うのが精一杯だった。 私が綺麗?世の中に綺麗な女性なんていくらでも存在する。なのに私を綺麗だなんて……… 顔が熱いのはこの初夏の日射しのせいだと自分に言い聞かせながら、その日を過ごさなければならなかった。 修は駅で現れた由希子を一目見て、あまりにも眩しくてまともに見られなかった。 いつも見る彼女は綺麗な人だとは思う。だけどいつもとは違う清楚な彼女は、可愛らしさすら漂わせている。服装そのものというより、由希子の持つ魅力がそう見せているのは一目瞭然だった。 由希子と観た映画の内容は全く入ってこない。 疲れているのかこちらの肩に頭を乗せて、早々に静かな寝息を立てていた。 あまりに顔が近くて落ち着かないのだ。 それに、薄手の白いキャミソールの胸元からは胸の谷間が露骨に見える。 ブラトップらしいと分かったのは、あともう少しで乳首が見えそうだったから。 由希子の柔らかそうな唇が、直ぐ横にあった。 何ならスカートの中に手を入れることだって出来る。 でも、健やかな寝顔の由希子にそんなことはできず、勃起をしながら耐えなければならなかった。 今日は連絡先を交換できるだろうか。 それだけをひたすら考えていた。 映画の後は2人で食事をすることが出来た。 照れも確かにあったが、映画館ではこともあろうか彼の肩に凭れかかって、終始寝てしまう失態を犯してしまった。彼は気にしていない風だが、あまりに会話がないのは呆れているに違いない。 もう嫌われた、そう思っていた。 失望の中、駅で別れるときだった。 彼から連絡先の交換を求められたのだ。理解が追いつくまでに数秒が必要だったくらい胸が高鳴った。 年甲斐もなく舞い上がっていたのだろう、彼が懸命に私の名前を呼んでいるのに耳に入らなかった 。 いきなり抱き寄せられて唇を重ねてきても、現実感が乏しくて思考が停止してしまった。 いい年齢なのに、何をしているんだか………。 我ながら自分に呆れてしまうが、どうしようもなかった。 帰宅すると現実に引き戻される。 明日は全国の支社から選抜された社員が会場に集まらなければならない、一年で最も嫌な日なのだ。 贅沢な造りの長机はウエストがギリギリまで収まるように半円に切り取られ、足が伸ばせるくらい奥行きがあったりする。 長丁場でもいられるようにある程度リクライニングが可能な椅子で、足が伸ばせるだけではなく横にだらしなく開いても分からないように、机の前は塞がれている造りだったりする。 要するに楽だから話を聴けと言うことなのだ。 おまけに左右は衝立があってプライベートも守られるのだから質が悪い。 明日が憂鬱だった。
24/04/17 20:59
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