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1:夜鷹の床
濡れ縁に雀。障子の穴から乾いた風。骨組みとなった古傘に糊を塗り、柿渋を塗りたくった朱染めの和紙をピシャリ、と貼り付ける。長屋の手狭な三坪六畳間は、足の踏み場もないほどまでに傘で埋め尽くされていた。その中で大喜多与兵衛は黙々と傘貼りに没頭している。
男が一人、断わりも無く木戸から入って来た。与兵衛は意にも介さず。 「相変わらず精が出るのぉ」 男は土間で埃を払ってかまちに腰を降ろし、その瓜実顔をつるりと撫でる。 「お前も暇な男だな。いいのか? こんな所ほっつき歩いてて」 「いいのさ。廻り方同心なんざ暇な役目よ」 男の名は久間紀之介。与兵衛とは旧知の仲である。雀が何かに驚き音も発てず飛び立つ。柔らかな日射しだけが濡れ縁に残る。 「それより聞いたかい?」 「何をだ」 「辻斬りだよ。今朝、美濃屋んとこの角に仏さんが転がっててなぁ。巷じゃこの話でもちきりだぜ」 近ごろ浪人風情が他国から多く流れ込んで来た。そのせいもあってか治安は乱れ、町人たちも枕を高くしては寝られない毎日。 「俺は昼まで寝てたから知らん」 「呑気なもんだな。もうお天道様も傾いちまったぜ」 「だいたい辻斬りなんざ夜出歩かなければいいんだ。俺のような貧乏侍には色町で遊ぶ金子も無いしな」 与兵衛は手を休め、無精髭をぼりぼりと掻きながら久間のほうを向く。 「何が色町か。夜ごと夜鷹を連れ込んでるって聞いてるぜ?」 「人聞きの悪い。あれは雨宿りしたり夜露を凌いでるだけだぞ」 「どっちにしろ、いい噂は立ちゃしないよ。卑賎の輩と武士であるお前様が、ひとつ屋根の下で暮らしてんだ。ましてや若い男女と来らぁ、噂も立つってもんよ」 「噂など知った事か」 「とにかくだ。あんなもん連れ込んでないで、いい加減嫁でも貰ったらどうだい?」 「なぜ所帯の話になる。だいたい十石二人扶持でどうやって嫁を食わす」 「だからよ、お前様もいつまでも傘なんざ貼ってねぇで、奉行所に仕官しろぃ。俺が口利きしてやんから」 「俺は此れが好きなんだ」 ピシャリ。 与兵衛は再び手を動かし始めた。口の減らない久間は、放っておけばいつまでも喋り続ける。 「ま、茶も出ねぇ事だし、俺はこの辺で……」 「お前、何しに来たんだよ」 「お?」 久間がダルそうに腰をあげ長屋を出ると、晴れていたのが嘘のようなどんよりとした空模様。 「こりゃ、ひと雨来そうだな」 「そこの傘持ってきな」 「おう、そいつぁ有難てぇや。お前様の傘は滅多に破れねぇって巷でも評判だからな」 先ほどまでとはうって変わって湿った風が、蛙の声を運んで来る。与兵衛も思わず障子を開け、身を乗り出し天を仰ぎ見た。 ポツリ。 と、鼻先を濡らす一滴の雨粒。しかしながら一向に降るのか降らないのか、はっきりとしない曇り空。暫くして、猫の額ほどの庭に植えられた紫陽花の葉を、雨が叩く音。蛙の声が呼び寄せたか、夕暮れ近くになるにつれ強くなる雨脚。 雨脚は強くなるばかり。あまりの飛沫で、運河沿いの通りにはうっすらと靄のような膜が広がる。 「さっきまで晴れてたのに、なんだよ」 独りごちも瞬く間に掻き消された。こんな時に与兵衛さんが通り掛かれば。などと都合の良い事を考えている、お理津。 運河に掛かる橋の袂に、ぼんやりと傘をさす人影が浮かび上がった。お理津は眉間に皺を寄せながら滝のような雨脚を透かし見る。 「久間の旦那じゃぁないか」 「む? その声はお理津か?」 薄暗くなり始めた軒下からいきなり声を掛けられ、ぎょっとした顔の久間。辺りをキョロキョロと伺う。 「あはは、誰も居やしないよう」 「こんな明るい内から声掛けんじゃねぇや!」 とは言え夕立ち。町屋は影を濃くし始めている。 「あら。廻り方同心が夜鷹に声掛けられちゃ、バツが悪いってかい?」 「おうさ、誰かに見られでもしたらオメエ」 「ご挨拶だねえ。そんな言い草されたんじゃ、もう旦那の相手なんかしてやるもんか」 「それは、こまる」 久間は依然、辺りを気にし続けている。 「ねぇ旦那ぁ。与兵衛さんの家まで、入れてっておくれな」 お理津は見上げながら、傘を叩く雨音に負けぬほどの声で言った。 「それも、こまる。いいか、くれぐれも与兵衛には何も話すんじゃねえぞ」 「いいじゃないか。ただの買った売ったの関係なんだからさぁ」 「気まずいってんだよ」 久間はもはや馴染みと呼べるほど、お理津と通じていた。彼女が宿り木のようにしている与兵衛とは旧知の仲。だけに、なんだか申し訳ないような。それでも……。 「今夜、酒の席があってな。酌なんぞ頼みてぇんだが。戌の刻、弁天橋の袂で待っている」 「はいはい」 言い残し、久間は背を向けると左手を挙げ、そのまま雨の中へと消えて行った。 「ひやぁ、すっかり降られちまったよお」 木戸から断わりもなく入って来たお理津は濡れ髪で、抱えていた莚を土間に放り投げる。狭い部屋を埋め尽くす傘の中で、丸い背中が揺れた。与兵衛である。 「お理津か。そろそろ来るんじゃないかと思ってたよ」 「あたしを待ちわびてたんかい?」 「馬鹿言え。ほら、そっちの傘はもう乾いているから畳んでいいぞ」 お理津はその辺の傘を畳み、自分の座る場所を作った。結ってもいない髪は重く垂れ、一重の大きな目がその割れ目から覗いている。筋の通った鼻先に雫。「借りるよ」とだけ言って、かまどの上にあった手拭いで髪を拭く。 「まったくさ、河原でお侍の相手してたら、いきなりこの大雨さ。途中でやめて金子も取らずに慌てて雨宿りだよ」 「夜鷹が昼間っから商売かよ」 「しょうがないだろ? 今どきたったの二十四文なんだ。明るかろうが暗かろうが、やれる時にやんないと飢え死にしちまうよお。それともあんたが食わしてくれるってのかい?」 忙しなく髪の毛を拭うお理津は、久間に負けないくらい減らず口を叩く。 「俺の稼ぎもお前とたいして変わらん」 「嫌だねぇ貧乏話は。あたしだって芸事のひとつでも覚えてりゃ、遊廓でもっと稼いでやるんだけどねえ」 「お前の不器用は生まれつきだからな」 与兵衛を睨み付けるも一瞬。しんなりと膝を崩し甘い声で囁く。 「でもね、男をよろこばせる事にかけちゃ、誰にも負けやしないよ」 「こら! そこの傘はまだ乾いておらん!」 「んっもぉぉぉ、狭い狭い狭いっ! こんな傘だらけの部屋だから……」 朱色の花が咲き乱れる六畳間、小さな拳で膝をだむだむと叩く。そんな姿を見て、与兵衛は微笑むのであった。薄暗い中で糊を仕舞い、乾いている傘を畳んでまとめあげる。お理津はかまどに火をくべて雑穀を炊き、梅干しと漬物で質素な食卓を作る。 「いつもすまぬな」 「やめとくれよ。別に女房の真似事なんかしようってんじゃないけど、これくらいはしないとさ」 まるで通い猫だな、と与兵衛は思う。気が向いた時勝手に上がり込み、気付けばもういない。いよいよ何も見えなくなってから行灯は灯された。菜種油も安くはない。 「もう夕立の季節だな」 「うん、だいぶ暑くなって来たよ」 質素な晩飯であっても顔を突き合わせて食すれば美味く感じるというもので、その点彼は有り難くも感じていた。食べ終わる頃になって夏虫の落ち着く音色。行灯の明かりは土間にまで届かず、食卓を片付けるお理津の手元は暗い。 「聞いたか? お理津。昨晩辻斬りが出たそうだ」 「物騒だねえ」 「他人事のように言うでない」 片付けが済んでから酒器を出し、二人は酒を酌み交わす。 「あたしの事、心配かい?」 「……」 答えず、黙って杯を突き出す。 「刀で斬られるか飢え死にするかの違いじゃないか」 「もう酔ったのか?」 「このくらいじゃ酔いやしないよ。さてと、雨も止んだみたいだね」 「行くのか?」 「行ってほしくないのかい?」 「馬鹿言え。忙しない奴だと呆れていたところだ」 「莚置かしといてもらうよ。朝方、またお邪魔するけど」 「勝手にしろ」 雲の切れ間から少し欠けた月が顔を覗かせている。はぐれた風に柳が揺れれば、湿った青臭さが鼻孔をくすぐる。道はぬかるみで、月を映した水溜まりを避けながら歩く。やがて、昼間雨宿りをしていた軒下に再びお理津は立った。 通りは風が過ぎるばかりで人影は無い。お理津は遠くに揺れる提灯を見たが、橋を渡って来る手前で右に折れてしまった。ため息は行く宛てもなく闇に溶ける。 「ちょっと早かったかねぇ」 独り言も虚しく朧月。その時、先程提灯の消えて行った運河沿いの道に人影が現れた。闇を透かして見れば、その侍ていの男は久間である。軒下から出て橋を渡るお理津に気付き足を止めた。 「いい月夜だねえ、旦那」 「そうだな」 ひと言だけ答え、久間は黙って歩き始める。お理津はその後を、ただ静かについて行った。
2021/02/18 19:54:43(q2vJdmCe)
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うなぎだ
◆OIVbvWW3pE
久間紀之助の屋敷はおよそ百坪あり、岡っ引きの喜作を離れに住まわせているほどであった。借家とは言え独り身の久間には些か広すぎる大邸宅だが、使用人を抱えてもゆとりがあるのは商家や町屋などから上納金を納められていたからに他ならない。
「平吉、近頃はどうだい? 商いの方は」 八畳の客間で接待を受けるのは腹を肥らせた四十がらみの男。明らかな年下の久間にも慇懃な態度を崩さない。 「おかげさまで。それもこれも旦那の睨みが効いているからこそでございますよ」 この美濃屋平吉に酌をするお理津の姿を、先程からずっと猥雑な眼差しで見詰めているのは岡っ引きの喜作。無理もなく、お理津はこの部屋でただ一人、衣服を何も着させてもらえずにいた。三人が杯を酌み交わす時はいつもこんな調子のようで、羞じらいながらも多少は慣れた様子を見せる。 「俺としちゃぁ、盗人でも現れてくれなきゃ退屈で仕方ねぇや。辻斬りなんざ相手にしたくもねぇし」 言いながら杯を突き出せば、お理津が膝を詰めて酒を注ぐ。行灯の灯に浮かび上がる背中の反り返りを肴に杯を干す平吉は、先ほどより口元を弛めたままである。 「何を物騒な事をおっしゃいますやら。世の中平和が一番ですから」 「平和になったら俺の役目の意味が無くならぁ」 久間はお理津を抱き寄せながら杯を煽る。 「良いではないですか。それでもこのようにして酒を飲める事に変わりありませんし」 銚子から酒を零さぬようにと気をつけているのに、胸を揉みしだく久間の手は容赦を知らない。 「嫌味かい?」 「いえいえ。ご威光だけで充分かと」 お理津の小振りな乳房は彼の掌に程よく納まる。その彼女の堪える顔が、喜作を更にそそらせた。生唾を呑み込む喜作に久間は声を掛ける。 「物欲しそうにしてるじゃねぇか。おめぇ、ご無沙汰か?」 「へへへ、旦那も意地が悪いですよ。あっしが溜まってんの、判っててそのような」 「まぁ待て。しっかり濡らしてからじゃねぇと、可哀想だろう」 言うなり久間は杯を置き、その手をお理津の股の間に滑らせた。びくり、と、肩を震わせる。 「おい、紫乃、酒持って来い!」 襖に向かって大声で呼ぶと、暫くして音も無くその襖が開いた。新しい銚子を運んで来た奉公人の紫乃は、両手を着いて頭を下げている。 「美濃屋の旦那に酌をしてやりな」 「はい……」 ちらりと久間とお理津の方を見やる。そしてすぐに顔を伏せ、平吉に銚子を差し出した。小刻みに手が震えている。 「紫乃よ、そうびくびくするなぃ。お前には手ぇ出さんよう、平吉にも言ってある」 紫乃はまだ十三を数えたばかりの娘である。久間は生娘を手に掛けるような真似こそしなかったが、しかし平吉の浮かべる笑みが紫乃にとって怖くてたまらない。 芯が菜種油を吸うジジ、という音さえ聞こえる静寂の中では、お理津の荒い息遣いが煩いほど。やがて糠に手を突っ込むような音が激しい水音へと変わってゆく。喜作は虫のように這いつくばってお理津の溢れ出す汁を見詰め、平吉は目を伏せる紫乃の顔を赤らめて恥ずかしがる様子を肴に酒を煽る。 「旦那ぁ」 「ん。手は付けんなよ。まだ小娘だ」 「判ってますよ。手は出しませんて。ただねぇ」 「ああ。紫乃よ。粗相のないようにな」 「はぃ……」 平吉の顔が卑猥に歪む。お理津の体は久間の手から離され、そして喜作へと委ねられた。喜作は下帯一枚となり襲いかかる。そう、まさしく野犬の如く襲いかかるのだ。下帯からはみ出した逸物を、程よく濡らされた割れ目に突き立てる。 「あぅっ!」 膳を除けた畳の上で、獣のようにひたすら腰を動かす喜作。それを久間は見世物でも見るかのように楽しんでいた。激しい突き上げにお理津は乱れ、醜態を晒す。そんな交尾のような有り様を見せられる紫乃は胡座をかく平吉の膝の上、銚子を持ったままちょこんと座らされていた。小さな膝小僧の辺りに熱く固い物を感じながら。 「お前さんもいずれ、ああいう事をするんですよ」 耳元の声は荒げた息を纏い、紫乃にとって不気味な事この上無い。背後から腰を抱き寄せる腕からは逃れる事も出来ずにただ萎縮するばかりで、ちらりと目を開けば上下する喜作の陰茎。 「どうだい? お理津」 久間は彼女の前に立ち、帯を解き始めた。目配せをすると喜作は彼女を四つん這いにし、今度は背後から突き上げる。どかり、と胡座をかいた久間の股間に顔を埋めるお理津。 「んんっ」 平吉もまた紫乃を膝に乗せたまま帯を解いてもろ肌。杯を突き出されれば酌をしない訳にもいかず、不安定な膝の上。髪に口づけをされながら、銚子と盃がカチカチと音を立てる。 「溢すんじゃありませんよ」 旋毛に響く低い声。注がれた酒を飲み干す代わりに吐き出される酒臭い息に顔をしかめる。人形でも扱うような手つきで髪を撫でられ、その左手は顎から唇へ。指が唇をこじ開けるように、その小さな口腔へと挿入された。紫乃は訳も解らず眉間に皺を寄せるばかりで、思わず取り落とそうになる銚子を握り直す。 「もうそれはいいから置きなさい」 紫乃は首を横に振った。置いたらもっと嫌な事をされるような不安を感じて。しかし、銚子は空しくも奪い取られてしまった。 「うっ!」 置いた銚子の横でびくり、と、喜作が震える。同時にお理津の背中が目一杯反り返り、その唇を震わせた。 「なんだ喜作、もう終わりか?」 「旦那ぁ、だって、あっしは、溜まってやしたから、はぁ」 早々に果てた喜作はそのまま柱に凭れ掛かった。尻を突き出した姿勢のままのお理津もまた、肩で息をする。 「見てみなさい」 ちょうど、お理津が晒す大切な場所の正面だった。平吉に促される紫乃。大人の女を目の前にして、好奇心が頭をもたげる。尻を高く突き上げるのは主人である久間が毎度どこぞで拾って来る夜鷹の女。その事を紫乃も知っていた。平吉は紫乃を膝から下ろして、まるで呼吸でもするかのように開いたまま蠢くその膣口へと指を充てがった。 「ひぁっ」 股の内側をひくつかせながらもしかし、いとも簡単に呑み込まれてしまう指。その光景を紫乃は目を丸くして見詰める。 「ふむ。これだけ柔らいでいれば、なんだって入りますね」 玩具である。女郎屋とは違い、扱いは畜生なのだ。平吉は紫乃の細い右手を取ってお理津の尻に、しかし紫乃はその手を引っ込めようとする。お理津もまた何かを感じ取ったか身を捻ろうとした。 「手の力を抜きなさい。大丈夫だから。それとも、違う楽しみ方をさせてくれるんですか?」 紫乃の目には平吉の薄笑いが悪鬼に見えた。助けを求めようにも、主人はお理津の尻を動かさぬよう抱えて同じ顔。 「な、何をなさるんですか?」 紫乃の震える声は黙殺され、小さな右手はお理津の大切な所へと充てがわれる。 「や、やめ……」 お理津の声はさらにか細い。やがて紫乃は指先に生暖かさと滑りを感じた。だが不思議と嫌じゃない。それは人肌の温もりで、握られるような締め付け。そして指は二本から三本へ。 「あぅ……ふぅ」 三本から四本。細い指とは言えきつく感じるお理津は背筋に力が入り、呻く。 「くぅっ……」 久間がお理津の尻を左右に押し広げると、ずるりと、そして遂には親指までもがねじ込まれてしまった。お理津の息は苦しげに荒く、紫乃もまた鼓動が高鳴る。 「ほぅ、入るもんだなぁ」 「へへ、まだまだ小さい手ですからねぇ」 五本の指が入ってしまえば後は一気に手首まで、紫乃の右手は暖かく握り締められるように包まれた。 「指を動かしてご覧なさい」 魔物の囁き。 「あっ、だ、だめぇ……」 吐息混じりの弱々しい叫び。恐る恐る力を入れれば、びくりと体が反応する。紫乃はそれを面白く感じた。玩具だ。 「おほっ、腕が喰われてらぁ」 いつの間にやら喜作も覗き込んできた。その時、紫乃の目の前にだらりと果てた逸物が迫り、戦慄を覚える。つい、お理津の中の右手を握り締めてしまった。 「かはぁっっ!」 節々が膣壁の至るところを刺激し、彼女は一気に昇りつめた。右手を脈動のうねりが締め付ける。 「こいつ、気をやったか」 四つん這いの姿勢から前のめりに倒れる事で、紫乃の右手もするりと抜けた。粘液まみれを気持ち悪がり、裾で拭う。その時、紫乃の目の前にぶら下がっていた物がみるみる膨張し、ついには猛々しく上を向いて脈打ち始めた。 「おう? 紫乃。おめぇ、玉茎(男性器)見んの初めてなんか?」 唖然としながらもまじまじと見詰める視線に気付いた喜作。紫乃はこの家に奉公し、まだふた月余り。男の裸は主人の背中を流す事で見慣れてはいたが、このような様は今日が初めてなのである。声を掛けられ目を逸らす紫乃を、しかし見逃さなかったのは平吉であった。再び、その右手は捕らえられる。 「い、嫌……」 紫乃は気づいていた。平吉が次に何をさせようとしているのかを。しかし平吉の手は痛いほど強く紫乃の手首を捕らえていて、逃れる事が出来ない。紫乃はついに涙を溜め始めた。 「美濃屋の旦那。その辺で堪忍してやんなよ」 「はは、こいつはどうも、ついキリを忘れてしまいまして……」 やっと出された助け船。紫乃はぺこりと頭を下げ、そそくさと部屋を逃げるようにして出て行くのであった。 宴は子の刻にまでに及んだ。お理津は一体何度入れられ何度気をやった事か。久間も平吉も、そして喜作も、精も根も尽きたといった様子。酒も回っているのか立ち上がれば千鳥足の平吉。 「おう、帰んのか?」 「へえ、今日はこの辺で」 大きく二回、手を叩く。 「美濃屋の旦那がお帰りだ。紫乃、お送りしな」 目を擦りながら襖を開けた紫乃。手には既に提灯が用意されていた。
21/02/18 19:55
(q2vJdmCe)
投稿者:
うなぎだ
◆OIVbvWW3pE
月は雲に隠れ、足元を照らさなければ覚束ない程の暗さ。人影は無く遠くで犬の吠える声。
「ちょいと飲み過ぎてしまいましたねえ」 水溜まりを避けようにも思い通りに歩けず、ぱしゃりと飛沫が跳ねる。 「久間の旦那はね、私のお陰でお前や喜作を食わせてやれてんですよ」 紫乃は黙って提灯を翳した。運河沿いの道には黒壁の蔵が軒を連ねている。 「私は真っ当な商売してるからね、別にお目溢ししてもらってる訳じゃないんだけれどもね」 紫乃に話しかけている風でもない。平吉はただ夜空を見上げながら、独り言を呟いていた。酒臭い息を夜風が拭い去る。 「うちならお前さんにも、もっといいもん食わしてやれるんだが、お武家様の奉公人横取りするのは、うまくないよねぇ」 言いながら肩に手を回して置いた。緊張が走る。 「お前はかわいいねぇ。本当はうちに置きたいくらいなんだがねぇ」 立ち止まり、置いただけの手に力が入る。 「旦那様、お屋敷はもう少し先です……」 「わかっているよ。少しだけじっとしてなさい」 後じさる紫乃。背には柳の木で右手は運河。視界を平吉の胸元で塞がれながらも、提灯を落とさぬよう必死。全身を硬直させるその小さな体を、平吉はそっと抱き竦めた。 「や、やめておくんなまし……」 裾を掻き分け、汗ばんだ手を差し入れる。 「ちょっと我慢していれば、すぐ済むからね」 左手は肩越しに背中へと回され、冷えた右手で裾の中で股をまさぐられる。 「嫌っ!」 細い腕で力一杯押しやった。それでもふらふらとよろめきながら手を伸ばす平吉の姿は、紫乃にとって魔物でしかなかった。提灯を投げ捨て、今度は両手で突き飛ばす。紫乃の恐怖が怒りや憎悪といったものに変わってゆく。さらにもう一度。その時、視界から平吉の姿が突然消えた。 「おぅっ……!」 大きな水音と飛沫。 「おぶっ……ひっ……助け……」 足掻くも、昼間の雨で水かさの増した運河と、酒の回った体。紫乃は叫ぶでも無く、ただ無表情にその光景を見つめていた。足元では落ちた提灯に火が付いて燃える。やがて、水面は穏やかに波を消した。 蔵の壁は漆黒の板張りで、夜ともなるとまさに闇で塗りつぶされている。なのでお理津は、道端に膝を抱えて座る少女の存在になど全く気づかず、通り過ぎようとしていた。 「ひゃぁっ!」 物音に驚き飛び上がる。身構えながら目を凝らしてみた。 「あんた……紫乃ちゃんかい?」 影は立ち上がり、お理津の方へと近づいてきた。 「どうしたんだい、こんな所でさ。美濃屋の旦那送って来たんだろ? 提灯はどうしたのさ」 紫乃は黙って柳の木の根元を指差した。そこには燃え尽きた提灯の残骸。 「落としちまったのかい、しょうがないねぇ。とにかくこんな真夜中だ。辻斬りだの野犬だのがうろついてるかも知れないんだから、早いとこ帰んな」 それだけ言うとお理津は再び歩き出した。しかし。 「うん? 何でついて来るんだよ。とっととお帰り」 面倒臭そうに手を払う。そのまま無視してまた歩き始め、弁天橋の袂。お理津は疲れ果てていた。いつになく、激しい一夜であった。ため息をついて立ち止まる。 「ちょっと! どこまでついて来るんだい。久間様の屋敷は逆だろ!」 相変わらず無言で、ただ真っ直ぐお理津の事を見詰めている。 走った。水溜りも構わず飛沫を上げて。 「なんでついて来るのさあ!」 橋を渡り神社の境内。息を切らすお理津と、同じように肩で息をする紫乃。彼女は観念して能楽堂の低い階段に腰を下ろした。すると紫乃も隣にちょこんと腰を下ろす。 「そんなに……はぁ、帰りたく……はぁ、ないのかい?」 「……うん」 息を整えて話しかけると、やっと紫乃も口を開いた。 「だってあんた、どーすんだい。行く当てあんのかい?」 首を横に振る。 「そりゃ嫌だったかも知れないけどさ。でもあんた、久間の旦那に食わせて貰ってんだろ?」 どうしたものか。と、お理津は頭を抱える。与兵衛さんに相談してみるしか無いか、と。どのみち自分にはどうする事もできない。それだけは確かである。 「あの……」 夜の虫たちの合奏に掻き消されてしまいそうなほどの、蚊の鳴くような声。 「男の人って、なんでみんな助平なの?」 「なんでって、そりゃぁそう言うもんだし、仕方ないさ。あたしも馬鹿だからうまく言えないけどね」 紫乃の体型は少々幼くも見える。しかしこの時代、十四と言えば何処かに嫁いでもおかしくない歳頃である。 「お理津さんは男の人に色んな事されて、嫌じゃないの?」 お理津は少し困った顔をした。 「そうさね。あたしが体売るようになったのも、あんたぐらいの歳だったっけね。家も飯も無くて、食うために色んな男に買ってもらってさ。そりゃぁ最初の頃は死にたいくらい嫌だったよ。だけどね、あたしは多分生まれつき助平な女なんだ。だから平気になったね。でもね、分かってんだろうけど、間違ってもあたしみたいになるんじゃないよ。あんたまだ若いんだし、帰る場所もあるんだから」 「でも、もう私、帰れないし、帰りたくない……」 真っ直ぐと見詰める紫乃の目には涙が溜まっている。 「困った娘だねえ」 お理津がそっと頭を撫でてやると、胸に顔を埋めて抱きついてきた。 「あたしみたいな夜鷹なんかにゃぁ、お前さん抱える事なんて出来ないよ。あんた一人で生きて行けるんならともかくさ」 「……一緒にいて」 月が雲から顔を覗かせた。柔らかい月明かりが降り注ぐと、紫乃の結っていない髪に青白い光の輪が浮き上がる。その髪を優しく撫で、そっと抱き締めてやるのであった。 与兵衛の家は真夜中にも関わらず閂が外されていた。お理津にとっての帰る場所がここにはあるのだ。家の中では与兵衛が寝息を立てている。彼を起こさぬよう、お理津と紫乃はそっと土間に忍び込むが、暗すぎて足元が見えない。どうにか框を見つけて上がろうと思った時、何かにつまずきそうになる。見るとそれは、皿に乗せられた一個の握り飯であった。 「与兵衛さん……」 ふと、涙が込み上げて来るのを抑え、お理津はその巨大で不恰好な握り飯を二つに割った。そして紫乃と二人、框に腰を掛けて握り飯にかぶり付く。二人とも腹が減っていた。 「ん……帰ったのか?」 広げられた傘の向こうでごそごそと物音。 「あっ、ごめん、起こしちまったかい?」 「いや、構わんさ」 「握り飯……その、ありがとう。旨かったよ」 「その辺の傘、適当に畳んで場所作っていいぞ。もう乾いてるから」 もそもそと布団から這いでた与兵衛は雨戸を開けた。途端、部屋に流れ込んで来た月明かり。 「いい月が出てるなぁ」 雲は捌けて月夜。 「あのさ、ひとつ頼みがあるんだけどさ」 「なんだ?」 「その……この娘を、ちょっと置いてやってはくれないかい?」 与兵衛は闇を透かして框の方に目を凝らす。 「おめえ……久間んとこの奉公人じゃねえか。どうしたんだ?」 「なんかね、もう帰りたくないとか言ってさ、よっぽど酷い事されてたんじゃないのかい?」 「ふむ。そんな事するような奴にも思えぬが」 「いや、その……あたしも良くは知らないけどさ、とにかく嫌で逃げ出して来ちまったんだよ。な? いいだろ? あたしももっと稼いで来れるように頑張るからさぁ」 「そりゃ、まぁ別に構わんけどな」 「本当かい!? これだから与兵衛さん好きだよう」 「こ、こら」 布団に潜り込むお理津。彼の胸に顔を埋めて強く抱きついた。暗い部屋でお理津の含み笑いだけが響く。 「紫乃ちゃんも、こっちおいで」 「え?」 ばさりと布団を捲り上げ、身を起こすお理津は雨戸を閉めた。そして真っ暗闇になった中で手を差し伸べる。紫乃は誘われるまま、お理津と与兵衛の間に体を横たえた。大きめの布団だが身を寄せ合わさなければ狭い。身を硬くする。だがそんな紫乃の緊張と鼓動の高鳴りをよそに、与兵衛とお理津は寝息を立て始めるのであった。
21/02/18 19:57
(q2vJdmCe)
投稿者:
うなぎだ
◆OIVbvWW3pE
与兵衛はいつも昼近くまで寝ているのだが、この日は早目に目を覚ました。お理津と紫乃はまだ寝息を立てている。二人を起こさぬよう忍び足で寝床を抜け、土間で支度をする。雨戸を閉めたままの部屋は暗く、台所の風取り窓から洩れる光と雀の声でのみ朝だと解った。
「あら与兵衛さん、今日は珍しく早いじゃないか」 くたびれた弁髪もそのままに、部屋から出てきた彼に声を掛けたのは長屋の奥、井戸端に群がる女房たちの一人。 「まぁ、たまにはな」 「朝早いのはいいけどアンタ、頭ぼさぼさじゃないか」 「いいのさ。別にお城に上るわけでもねえし」 「そんなんだから嫁もきないんだよう」 「大きなお世話だ」 そう言って自嘲気味に短く笑うと、照れ臭さを残しその場を退散した。 「……あれで夜鷹なんか連れ込んだりしなきゃ、いい男なんだけどねぇ」 与兵衛の姿が見えなくなるなり、声を小さくして囁き合う女房たち。 「まったくだよぉ。昼行灯な所もさ、きっとあの夜鷹に毒されてんだよ」 みな一様に苦虫を潰したような顔。 昨日の雨が嘘のような快晴。与兵衛は長屋を出て蔵の並ぶ運河沿いの道を歩き、久間の屋敷を目指した。暫くして河岸町に差し掛かった辺り、何やら人だかりが出来ている。何事かと人垣の肩越しからひょいと首を伸ばして様子を伺った。運河の水面に、死んだ魚の腹のような白さ。すっかりふやけた土左衛門である。 「おう、与兵衛」 声を掛けたのは、久間紀之介であった。 「何があったんだ?」 「どうもこうもねぇや。仏さん、美濃屋の平吉だ」 岸では喜作が荷鉤を持ち、俯せで浮かぶ仏を掻き寄せている。 「昨夜俺の屋敷で飲んでいてな、しこたま酔って帰ったんだが、どうもなぁ」 そこまで言って彼は与兵衛の袖を引き、人垣を離れた。そして急に小声で喋り出す。 「平吉の旦那を送って行ったはずの紫乃が帰って来ねぇんだ。しかも弁天橋の手前に焼けた提灯が落ちていた」 「紫乃というと、お前んところに奉公している、あの娘か」 「辻斬りにしちゃぁ血痕も斬られた痕も無ぇ。どう思う?」 「さてなぁ」 人だかりは増える一方。眉間に皺を寄せながらも溺死体に皆興味津々である。 「旦那、少々若過ぎるくらいの娘が好きだったからなぁ。差し詰め紫乃に妙な真似でもして、川に突き落とされたんじゃねぇかって睨んでんのさ」 「あの小娘にそんな力あるかね?」 久間は一層神妙な面持ちを深めた。 「ただねぇ、万が一うちの奉公人が突き落としたとなっちまうと……」 「うまくないな」 「だろぅ?」 「なぁ、久間よ。もし下手人が紫乃だったとしてだ、見つけたらどうする?」 久間は腕を組み考え込む。 雨戸の隙間から斜陽が射し込み、舞い上がる埃が光の筋を示している。あまりにも静か。そのせいか、お互いの息遣いすらも聞こえる。布団を被りながら右向きに横たわるお理津の目の前、同様に向かい合う紫乃の顔。斜陽が産毛輝く鼻梁から目元へとうつろい、眩しそうに一重瞼の目を細めた。投げ出された小さな左手に、お理津は左手を包み込むよう被せた。 「くす……」 声を立てずに笑う紫乃。瞳は真っ直ぐお理津を見詰めている。 「静かだねぇ」 気だるそうな声。半ば下敷きとなっている右手が紫乃の顔を触り、指先でその前髪を玩ぶ。 「綺麗な髪……」 照れくさそうに、はにかむ紫乃。 「肌も綺麗。あたしみたいに汚れてないよ」 「でも私、色気無いし」 今度はお理津がはにかむ。言葉を発する度に互いの息が互いの顔に触れた。やがて二人の左手はその指を絡め合う。斜陽は紫乃の小さな耳から艶のある黒髪を撫でて行った。 「あ、だめ、お理津さん……」 熱い吐息は細すぎるほど。 「嫌かい?」 口を真一文字に結びながら、みるみる赤くなってゆくその顔に、お理津は顔を近付けて行った。 「んっ」 唇が重なり合い、小さく体を震わせた紫乃。布団が蠢く。 「ここ、自分で弄ってひとり遊びした事、あるかい?」 微かに頷く。 「誰かに弄られた事は?」 「あっ……ん……な、ない……です」 呼吸が荒くなってゆく。 「紫乃ちゃんも、あたしの……」 額と額がくっ付いた。息遣いが混じり合い、その熱く湿った呼気を吸い込む。お互いが手探りの中、布団の中で快楽の闇を泳ぐ。やがて、紫乃も気付かない内に長着の帯が解かれ、小さな胸が露になった。 「可愛い……」 「嫌……。私、まだ、子供だから……」 「もう初花(初潮)は迎えてるんだろう? 立派なおとなの体だよ。それにね、あたしのも……」 言いながらお理津もまた帯を解き、胸を裸ける。比べれば、さして変わりも無し。 「ただあんた、綺麗な色してる」 お理津はその桜色の乳首に触れた。刹那、紫乃の肩がびくりと震える。指先で弦を弾くように強く、そして弱く刺激する度、敏感に呼応する体。口に含み舌を圧し当てれば、無駄に抗うが如く芽を出す。 「だめ……変になっちゃ……うっ!」 「濡れてるよ?」 「お、お理津さん、だって」 結っていない髪が乱れ、互いの心音が早まるごとに汗が滲む。 「お尻、こっち向けて」 言われるまま、仰向けになったお理津に跨がる。少年のような尻がお理津の鼻先に迫ると同時に、布団が捲れ上がった。立ち昇る熱気。 「まだここ……男を知らないんだよねぇ」 しみじみと眺めながら言う。そして、熱く火照った溝に舌を這わせた。 「あっ……だっ……広げちゃ」 男とは違って柔らかく、そして軽い体に、少しだけ男になった気分のお理津であったがしかし、それも束の間。紫乃の指が再びお理津を濡らし始める。 「あっ……し、紫乃ちゃん、だ……め」 指が三本、四本と沈んでゆく。昨夜、三人の男の前で見世物のようにやらされた事と同じく。 「すごい、お理津さん……簡単に入っちゃうよ?」 「くぅ……かっ……」 目の前の尻を鷲掴みにし、悶える。 「気持ちいいの?」 「いい! 紫乃ちゃ……」 紫乃は姿勢を変え、お理津の開いた脚の間へと身を移した。すっぽりと呑み込まれた手が更に奥へと進み、そして遂には腕までも。子宮に達さんばかりの腕で、臓腑を掻き回されているような感覚。中で拳が握られる。と、今度はずるずると、出る。 「出るぅっ!」 信じ難い量の淫汁が溢れ出す。紫乃の目は好奇だろうか、或いは残酷な闇を宿しているのか。指の節々が壁の至るところを突く。捻り込むように再び奥へと沈め、その小さな拳は変幻自在。出しては沈めを繰り返すうちに、膝ががくがくと痙攣し始めた。膣内で手首を反せばお理津の体が俎の上の鯉の如く跳びはねる。口の端から漏れる唾液と、とろりとした恍惚の目。 「いくっいくっ」 仰向けのまま腰を高く浮かせ、悶絶。紫乃は熱い眼差しでその痴態を見詰めていた。女というのは、ここまで溺れてしまえるものかと、空いた手で自らの溝に指を滑らせながら考えた。気がふれるほどに感じてしまえば、思い出したくない事も、先の不安も、何もかも忘れてしまう事ができるのだろうかと。 「むぅっ」 ここまで濡れた事も、これ程快楽の波に襲われた事も無かった紫乃。自らの股間を弄る指は激しさを増すばかりで、止まらない。お理津もまた、ここまで太いものを、これ程奥まで挿れられた事が無かった。またそれは、一種異様な光景でもあった。 ガラリ、と、突如開け放たれた戸板に、二人は跳び上がる。 「お前ら、何してやがる!」 「きゃぁぁっ!」 叫んだのは紫乃。お理津から腕を引き抜き、剥いだ布団にくるまる。現れたのは他でもない、与兵衛であった。 「ひとの寝床でじゃれ合ってんじゃねぇよ」 むせ返る程に充満した女の匂い。お理津は股を開いたまま、未だ息を切らして雲の上。その有り様を呆れた顔で見下ろす与兵衛。一瞥した後、部屋の隅で縮こまる紫乃の前にしゃがんだ。 「紫乃。お前に話がある」 紫乃は目を伏せて顔を背けるが、構わず続ける。 「正直に答えろ。お前、美濃屋平吉を川に突き落としただろう」 「……」 「今朝土左衛門が河岸町に上がった。お前、昨夜平吉を送って行ったそうじゃねぇか」 答えない。 「ただな、久間にしてみれば手前んとこの奉公人が下手人となっちゃぁ都合が悪い」 紫乃はきつく目を瞑った。昨夜の光景が瞼の裏に甦ってくる。 「どうにもあいつは、事を荒立てたくないと思っているらしい。心配するな。お前がここに居る事は話してはおらん」 うっすらと目を開ける。 「お前が、やったのか?」 紫乃は小さく頷いた。 「怖かったんです……美濃屋の旦那が、私に変な事しようとして……」 「変な事なぁ……」 与兵衛はぐったりと横たわるお理津に目をやる。ならばこれは如何にと。 「とにかくだ。久間はお前を見付けたら他国へ追放すると言っておった。仲買人に売り付けて、どこぞの飯盛り女として一生こき使われるだろう」 飯盛り女とは街道筋の宿場にいる非合法の遊女である。紫乃は貧しい百姓の生まれで口減らしのために売られて来たが、遊廓ではなく久間の屋敷に奉公したのは、不幸中の幸いであったかも知れない。 「だから、昼間は出歩かない方がいい」 「じ、じゃぁ……」 「ただし、ずっと置いておく訳にもいかん。俺も下士の身ゆえ、傘貼りで小遣いを稼いではいるものの、とてもお前を囲えるような身分ではない。離れた土地で奉公先は無いか当たってはみるがな」 「……体を売りさえすれば、ご迷惑は掛からないんですね」 「紫乃!」 叫んだのはお理津であった。 「体売るなんて、軽々しく口にするんじゃないよ!」 「お前はいいから服を着ろ」 素っ裸で仁王立ちするお理津の姿が、そこにあった。与兵衛にしてみれば目の遣り場に困る。 「好きでも無い男に抱かれんのが、どんなに辛いか。だからあたしは、こんな風になるしかなかったんだ。だからあんたには、あたしみたいになって欲しくないんだ」 「お理津さん……でも、私……」 目に涙を浮かべるお理津に、狼狽えたのは与兵衛。お理津が彼の前で涙を見せるのは、これが初めてであった。 「あたしみたいに堕ちたら、もう後戻りできないんだ。あたしはもう、誰に抱かれても、何突っ込まれても、濡れちまうんだよぅ」 「……すまぬな」 甲斐性もない十石二人扶持の貧乏侍は、お理津を嫁に貰う訳でもなく、ただ燻っているばかり。そんな負い目が与兵衛にはあった。 「あんたが謝るんじゃないよ! 悪いけど、あたしはあたしで、一人で生きて行けるんだから!」 飢えを凌ぐためには仕方なかった。生きるためには、どんな事にも耐えて来た。しかし、畜生と同等に扱われ、性欲の玩具にされながら生き永らえる事に、一体如何なる意味があるのか。そう考えている時であった。お理津は、この与兵衛と出会ったのだ。 「くそっ!」 立ち上がり、二本差しを差して与兵衛は部屋を出てゆく。ばたん、と、木戸が大きな音を立てて閉まった。啜り泣くお理津に、紫乃は恐る恐る近づいて肩に手を乗せる。 「本当は、あんたに抱いて欲しいのに……」 傾いた西陽に土間が照らされて、淡い朱色に浮かび上がった木戸に向かい、お理津は嘆き掛けた。もうそこに与兵衛の姿は無い。 「お理津さん……」 鼻を啜り涙を拭う。 「ごめん、取り乱しちゃった。もう平気だよ」 気丈に笑い掛けながら、紫乃の髪を撫でる。 「何があっても、あんたは私が守るよ」 お理津の決意であった。
21/02/18 19:58
(q2vJdmCe)
投稿者:
うなぎだ
◆OIVbvWW3pE
夕暮れ迫る武家屋敷の一角。久間の屋敷の庭から、気合いの篭った声。
「何かあったんか?」 答えずに柄を握る手に力を込める与兵衛。 「お前が俺んとこで刀振るなんて、何年振りかなぁ」 鈍く輝く青白い刀身は空中で静止したまま微塵も動かない。与兵衛もまた目を瞑り、水を打ったような心。やがて背の高い庭木が風に揺れた、その瞬間。雑念を断ち斬るように気を込めた一閃は、青臭い風を両断した。 「腕が鈍った」 「傘なんぞ貼ってばかりいるからだ」 与兵衛は再び構えに戻る。上段の構え。 「昔は俺といい勝負してたのによ。ところがどうだ。今のお前のその構え、雑念だらけじゃねぇか」 「くっ……」 「まぁとりあえずどうだ、飲まねぇか?」 縁側に座る久間の手元には、既に酒器がひと揃え。盃は二つ。 「喜作は見廻りか?」 「さてな。どこぞで飲んでるかも知れねぇな」 与兵衛は刀を鞘に納め、久間の隣に腰を降ろした。手にした杯に久間が酌をする。 「その後、どうだ?」 「とうもこうも、よりによって美濃屋の旦那が死んじまったからな。あいつには随分と助けられていたもんだで、若旦那がどれだけ世話してくれるかだな」 美濃屋からの上納金もあってこそ、岡っ引きの喜作の面倒も見れていた。 「大変だな。お前も」 いつしか影も伸び、庭全体が日陰となった。庭木の楓と松の上半分だけに陽が射している。 「ところで久間。その……仕官の話なんだが……」 「おお! その気になったか!」 「傘貼りだけでは、些か苦しくてな」 「どんな役目になるか分からんが、俺は奉行所に顔が利くからよ。早速明日にでも話ておくぞ」 「すまぬな」 「なに、お前とは共に剣術を研いた仲だ。遠慮するこたぁ無ぇ。ま、飲め」 移りゆく空を眺めながら杯を重ねる。久間は与兵衛の肩を叩き一言。 「じゃぁ、次は縁談だな」 「そこまでは世話にならん」 その頃お理津は河川敷で莚を抱え、同じ空を眺めていた。紫乃はついて来ると言い張ったが冗談ではない。商売の邪魔だと言って置いて来た。与兵衛の部屋にいれば安心である。 夜鷹の客は武士が多い。それも与兵衛のような下士。羽振りのいい商人や上士たちは遊廓に通うのだ。いずれにしても、まだ陽も暮れてない内から女を抱こうとする男は居るものである。 「旦那」 声を掛けたのは釣糸を垂れる一人の侍。ちらりとお理津の方を見るが、すぐに川面へと視線を戻す。 「釣れなさったかい?」 「ふん、からっきしさ」 「だったら帰る前にあたしなんか釣ってみたらどうだい?」 男は再びお理津を見た。落ち窪んだ目で足元から顔に掛け、値踏みするかのようにゆっくりと視線を動かす。 ――釣られるのは、あんたの方だよ―― お理津は笑みを浮かべながら、餌をちらつかせるように袂を捲って見せた。 「どれ」 陽も落ちていると言うのに左手で額に日差しを作り、食い入るように眺める男。やがてその左手で裾の中を拝み、次の瞬間にはお理津を葦の林へと押し倒していた。糸が引かれ、河原に棄てられた竿がしなる。 「ちょっ、莚ぐらい敷かせておくれよ! 背中……」 石がごろごろと転がる河原で無節操にも押し倒す男。帯も解かずに胸を裸けさせる。 「痛っ!」 力任せに胸を鷲掴みにされ、乱暴に揉みしだかれる。お理津の顔は苦痛に歪んだ。抵抗しようにも思ったより大柄な男で力も強い。 「も、もっと優しくしとくれよぅ」 頬を襲った衝撃と乾いた音。驚いたか青鷺が薄暮の空に飛び立つ。 「夜鷹ごときが口答えするんじゃねぇ」 男は笑っていた。いや、笑うと言うよりも興奮している顔だろうか。手早く下帯を解けば、解き放たれた亀頭とお理津の目が合った。愛撫も無しに突き立てられ、濡れる間も無し。 「ま、まって……もっと、ゆっくり」 足を高く上げ、自らの手で左右に入り口を広げようとするも、問答無用に押し入って来る。年に一度はこういう客がいる。 「くぅっ!」 滑りが悪いと覚ったか、今度はお理津に馬乗りとなって掴んだ髪を押しやり、顎を上に向かせて開いた口に突っ込む。 「ごっ、ぎゅっ」 歯を立てぬよう慌てて顎を開くも、咽にまで達する肉塊はすでに容赦無き暴漢。嗚咽を堪えて涙が滲む。ぼんやりと翳った下腹が鼻先に迫る。やがて唾液まみれになった肉塊は引き抜かれ、下の口へ。お理津はこの男に声を掛けた事に後悔した。発情したけだものの如き激しさで、突かれる毎に背中が擦り切れる。ただただ早く終わってくれる事を祈る事しか出来なかった。 「うっっ」 どくどくと白濁を体内にぶち撒けられ、背中からは血が滲む。力任せに揉まれた乳房は痣になってしまったかも知れない。 「ハァ、ハァ、ハァ」「はぁ、はぁ、はぁ」 ずるり、と、果てた肉片を抜かれると同時、開きっぱなしとなった性器より白濁が溢れ出る。上下に波打つお理津の腹に、投げ棄てるように銭。 「おめぇ、なかなかの名器じゃねぇか。また見掛けたら頼むぜ」 下帯を締め直し男は去って行った。生い茂る葦の中に残されたお理津は、まるで捨てられたハギレのよう。ぼんやりと仰向けのままにいれば、茜色の天高く青鷺。畜生道に墜ちた身からすれば、なんと空の高きことか。底無しの夕空と迫り来る宵闇に漂う浮遊感は、果たして死んだらこんな感じなのだろうかと思わせた。臍の辺りの冷たい金子と背中の痛みが、お理津を現実へと繋ぎ止めている。
21/02/18 20:22
(q2vJdmCe)
投稿者:
J
◆WCdvFbDQIA
続き、プリーズ!
21/02/18 22:02
(uvJxIz4t)
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