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夜にとけながら夢を見る
カテゴリ: 官能小説の館    掲示板名:ノンジャンル 官能小説   
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1:夜にとけながら夢を見る
投稿者: はるまき
ジブリ作品をちょこっとイメージした短編集です。
H要素少なめですけど、良かったらのぞいていってください(*^^)


case1『魔女の宅急便』×明里


この作品を初めて見たとき、私の胸は大きく高鳴った。

女の子が箒に乗って飛んでいる。

なんて素敵なんだろうか!

次の日から私は家の箒にまたがり、庭のすみっこで何度もジャンプをしていた。

風が強い日には公園に行き、全速力で坂をかけおりた。

あの子がいたら飛べるはず、と黒猫を探し回ったこともあった。

そして私は一度も飛べることなく、しゃべる黒猫にも出会えないまま、大人になっていった。


********

「でさぁ、また取引先に色目使ってんの!」

「まじでぇ?あの人もう30も過ぎてんでしょ?大概イタイよね(笑)」

「何で男もひっかかるかなぁ?すぐヤラせてくれるけど、飽きたらポイ捨てするって噂だよ~」

「こわっ!もう魔女じゃん(笑)」

給湯室で20代の後輩たちが、私の悪口を言っている。

彼女たちの中では私は魔女みたいな女で、男を次から次へとたぶらかしているらしい。

「はぁ……」

冗談じゃない。

コンコンッ

「三田さんたち、休憩終わってるよ。もうすぐお客様いらっしゃるから、準備お願いね」

「あ~ごめんなさぁい」

「でもぉ、お客様のお相手は私たちよりも明里さんがした方が評判良いんですよ。やっぱ美人だからぁ(笑)」

可愛い笑顔のマスクをつけて、若い彼女たちはクスクスと給湯室を出ていく。

「ふぅ…傷つくなぁ…」

見た目だけは一人前に大人になっているが、私の心はまだまだ少女のままなのだ。

悪口を言われたら悲しいし、誤解されたらもどかしい。

たぶらかすどころか、好きになった人にはなかなか声もかけられないのに。

「おーい、誰かこれ営業1課に届けてきてくれない?」

部長の呼び掛けに誰も応えず、用事もないのにパソコンを開いている。

「…部長、私行ってまいります」

「あ~吉野くん助かるよ。いつも雑用までしてもらってありがとうね」

「いいえ、これくらい」

書類と分厚いファイルを受け取り部屋を出る。

「ぷっ出たよ(笑)」

「点数稼ぎ~」

耳を貸しちゃいけない。

胸がギュッとなるのを堪えながら、足早にエレベータに向かう。

廊下の窓には真っ青な空。

あの女の子のように、箒に乗ってずっと向こうまで飛んでいきたい。


「あの~すみません、お預かりしてた書類とファイルを持ってまいりました」

声をかけると、近くに座っていた男性が勢いよく立ち上がり駆け寄ってくる。

「吉野さん!これは…重いのに申し訳ないです」

「いいえ、よろしくお願いいたします。それでは」

「あっ、あの…えと、こないだのことですけど…俺、やっぱ…」

「仕事中なので。失礼します」

軽く会釈をして部屋を出る時、ちらりと彼に目をやる。

そんな哀しそうな顔をしないで。

彼、営業1課の橋元くんは、人当たりもよく仕事も真面目で女性たちにとても人気がある。

橋元くんによく話しかけられるようになったのは3ヶ月前の部署合同飲み会の後からだ。

何故か好意を持たれたようで、連絡先を聞かれたり食事に誘われた。


可愛い顔のハイエナたちがそれに気付かないわけもなく、あっという間に「みんなの人気者をたぶらかした女」というレッテルが貼られ、私は露骨に煙たがれるようになった。

そんな状況の中で、先週末橋元くんは私に告白をしてきた。

私は慌ててお断りし、走って逃げ出してしまったのだ。

怖かった。

誰にも見られていませんように。

誰にも聞かれていませんように。

どうせ飛んで逃げることはできなのだから、これ以上私の居場所を奪わないで。


********

ザーーーッ

「やだぁ~雨すごい」

「早く帰ろ」

「あ、ファイル整理がまだ…」

「じゃあお先でーす」

私の声は雨音に溶けるように消えていき、彼女たちは可愛い色の傘をそれぞれ手にして出ていった。

「じゃあ…俺たちもそろそろ帰るけど、大丈夫?」

「はい、あとはやっておきます」

「…吉野さん、真面目でよくやってくれるから助かるけど、若い連中も育ててあげてね。いつまで経っても学生気分のやつもいるからなぁ(笑)」

「吉野さんも仕事多くなって大変でしょ?じゃあお疲れ~」

「はい、お疲れさまでした」

ひとりになったオフィスは静かで冷たい。

こんな無機質な場所だっけなぁ。

「育てるたって…こっちが教えても無視するんだってば…」

ボソッと呟くと、無性に悲しくなってくる。


いつの間にか時計は20時をまわり、雨は止むことなく降り続ける。

窓にぶつかる強い雨を見ながら、このまま会社も何もかも全部流されれば良いのに、とぼんやり考える。

コンコンッ

「あの~まだ残って…あ…吉野さん?」

「あ、橋元くん…」

「あの、警報出たの聞いてないんですか?電車止まってるみたいですよ。警備が早く帰れって…」

「あ、そうなんだ。えっと…まだファイル整理が…」

「えっ!この量をひとりでですか!?他の人は…」

黙って俯くしかできない自分が情けない。

「…もしかして、俺のせいですか?俺が吉野さんにいろいろ言ったから吉野さんに迷惑が…」

「や、やだなぁ、違うから。私、後輩の指導が下手だから…」

うん、本当のことだもの。

嫌われたくないから強く言えなくて、すぐ舐められて、些細なことで結局嫌われた。

「これ、今日中ですか?」

「あ、いや…週明けでもなんとか…」

「じゃあ今日のところは帰りましょう。雨、どんどんひどくなってるし。下にタクシー呼んでるんで」

彼に半ば強引に帰り支度をさせられ、一緒に職場を出る。

雨風は強く、タクシーに乗り込むだけでも濡れてしまう。

「あの…飲み会の時聞きましたけど、吉野さんちって遠いんですよね?
えっと、もし良かったら…その」

あ、この人も私のことを「すぐヤラせる」女と思っているのか。

自分の体が冷たくなっていく感じがした。

「あの私」

「あの!良かったら…ご飯でも、食べませんか!?」

「え…」

「べ、別にうちに来て欲しいとか…失礼なことお願いするつもりないです!
えっと…あーファミレスでも良いです!
しばらくしたら雨も落ち着くかもしれないし…
と、とにかく…俺、吉野さんともっと話したいていうか」

暗がりで分かりにくいが、橋元くんの顔は真っ赤になっている。

「ゴホンッ…あーお兄ちゃんたち、どこのファミレスにする?」

タクシーのおじさんが目を細めて嬉しそうに聞いてくる。

「あっ!と、とりあえず…駅前のサイゼリアまで…」

「はいはい」

川のようになりかけている水溜まりの上を、タクシーは走り出す。

「はい」とも「いいえ」とも言えないままで、私は橋元くんと同じように窓の外の雨を見つめていた。


つづく
 
2018/01/23 16:04:09(6W9CyKbg)
2
投稿者: はるまき
私は昔から、可愛い女の子に憧れていた。

ふわふわのレース、大きなリボン、お花模様のハンカチ。

そんなものが似合う女の子になりたかった。

現実の私は、男の人に「美人だね」「キレイだよ」と褒められることはあっても、「可愛い」と言われた記憶はほとんどない。

165センチの高めな身長では、ヒール選びにも苦労する。

巷で流行っている可愛いメイクも似合わない。

ふわっとしたミニスカートなんて履けない。

30を過ぎた今でも、空が飛べたらなんて子どものようなことを思っているのに、周りから見られる姿と私の中身は、どんどんかけ離れていく。

言い寄られては断りきれずに付き合って「思った感じと違った」と何度もフラれた。

私は、周りから期待されている私にもなりきれない。

橋元くんはどんな私を期待しているの?


*******

「いらっしゃいませ、空いてるお席どうぞ~」

若いアルバイトの声が響く。

「えっと…とりあえず腹も減ったし、何か食べましょう!」

適当に注文した後、向かい合ったまま静寂が訪れる。

「えっと、無理矢理誘ってすみません…フラれたくせにしつこくして…でも、俺…なんでダメなのか教えて欲しくて。
付き合ってる人がいるとか、年下は無理とか…「ごめんなさい」だけじゃ俺…諦められなくて」

確かに、ひとこと謝られて逃げられたんじゃ納得もいかないか。

私はいい歳して、男の人をまともにお断りすることもできないのか…

はぁ…と思わずため息が出る。

「すっ、すみません!気持ち悪いですよね…こんなこと言われても…」

「あっ、違うの、ごめん…何て言うか、自分が情けないなーって。橋元くんがせっかく気持ちを伝えてくれたのに、あんな返し方しかできなくて…失礼なことをして、ごめんなさい」

「……あの、やっぱり俺、吉野さんのこと好きです」

「いや、でも…」

「好きです」

「……」

そんな子犬のような目で見られても困る。

私があの無機質な場所で何とか平穏にやっていくには…

「わ、私…」

「お待たせしましたぁ!ミラノ風ドリアとマルゲリータピザになります!あとこちらシーザーサラダですっ!」

元気なアルバイトの声に、私の声はかき消された。

「ご注文の品、以上でよろしかったですか~?」

「あ、はい…」

ぐぅぅぅ~~

大好物のチーズの匂いが、私の空腹感を一気に高めてしまった。

「!!…ご、ごめんなさ…」

「んっ…ぐふっ…ん"…」

橋元くんはごまかそうとしているが、私の盛大な腹の音を聞いて、声を殺して笑っている。

カーッと顔が熱くなってしまった。

「す、すみませ…あまりに…良い音だったんで…ふっ…く…」

「チーズが…好きなもので…」

「だろうなと思いました。前の飲み会の時、ずっと気ぃ使ってる顔してた吉野さんが、ピザ来た時にめちゃくちゃ嬉しそうな顔してたの見たんで(笑)」

「えっ」

「隅っこの方ですげぇ旨そうに食ってるから、つい目がいっちゃいました(笑)」

「なんと恥ずかしいところを…」

「いや…可愛かったです」

この人はどんな私を

「吉野さん、可愛いです」

どんな風に私を…


*********

『すみません、こちら先日お願いされていた書類です』

『あ、どうもです。えーと、吉野さん?いつもめんどいこと頼んですみません』

『いいえ、仕事ですので。お気遣いありがとうございます。それでは』

最初は綺麗な人だなと思った。

少し年上で、美人な吉野さん。

『おっ吉野さん来てた?相変わらず色気振り撒いてんなぁ(笑)』

『お前、美人だからって惚れたりしたら遊ばれるぞ~(笑)噂だけどさ、実は…』

『はぁ…』

まぁ確かにあの雰囲気だったら男慣れしてるだろうなぁ。

でもそれから、吉野さんが部署に何かを届けてくれる度に目で追うようになった。

時々部署の外でも彼女の姿を見つけたが、ひとりで立ち止まって空をじっと見ているので話しかけられなかった。

空を見上げる時は、いつも自分たちに見せる余所行きの笑顔ではなく、何かを懐かしむように微笑んでいる。

その笑顔を見てしまってからは、彼女のことを考えることが確実に増えていった。

あの柔らかい笑顔を、自分にも向けて欲しいと思う頃には、あぁ俺は彼女のことが好きなんだなぁと気づいた。

飲み会で何とか連絡先をゲットしたものの、なかなか食事の誘いに応じてくれない。

もっと彼女のことが知りたいのに。

ある日の昼休み、共同の休憩スペースの扉の前で吉野さんが立っていた。

ラッキーと思って声をかけようとしたら、くるりと振り返り小走りで行ってしまった。

一瞬だけど、泣いていたような。

すぐに追いかければ良かったのに、中から聞こえた声に足が止まってしまった。

『それで今度は営業の橋元くんでしょ?絶対うちらが良いって言ってる人狙ってるよね!?』

『ほんとそれ!うざいわ~
さっさと辞めれば良いのにね、あの女』

『でもさ、明里さん辞めたらうちらの仕事増えるよ(笑)』

『確かに~でもさ、ちょっと美人だからって女を武器にしすぎって言うかぁ…正直そういうのって下品だよね(笑)』

明るく楽しそうに、彼女たちは吉野さんの悪口を言っていた。

違うだろ。

仕事ぶりや立ち振舞いを見ていれば分かる。

真面目で丁寧で責任感があって、クールに見えるけど気使い屋で、大好物を前にしたら目を輝かせて美味しそうに食べる可愛い人だ。

噂も嫉妬も何てくだらない。

俺が守ってあげたい。

今すぐ抱きしめたい。

そんな湧き出る感情に押されながら、俺は吉野さんに思いをぶつけた。

しかし彼女は目も合わせてくれず「ごめんなさい」とひとこと残し、走り去ってしまった。

ショックだった。

フラれたことよりも、おそらくひとりで辛い思いをしてきた彼女を助けることができないことが、ショックでものすごく悔しかった。

だから今日は、目の前にいる彼女にもう一度ちゃんと伝えたい。

勢いではなく、彼女のことを好きだという気持ちを、ゆっくりと伝えたい。

どうかもうしばらく、この雨が止みませんように。

つづく
18/01/23 21:13 (6W9CyKbg)
3
投稿者: はるまき
「俺…吉野さんのこと、可愛い人だなって思います」

そんなこと言われたのは初めてだった。

「仕事に一生懸命なのも、おっさんたちの世間話に真面目に返してくれるのも…

みんなから嫌われたくなくて頑張っちゃうのも、辛くてひとりで泣いちゃうのも…」

「橋元くん…」

「断れなくて俺なんかに連絡先教えちゃうのも、既読無視できずに返事しちゃうのも…

なんて…不器用な人だろうって。

…不器用で、真面目で、優しくて…俺、いじらしくて仕方ないです」

「……」

「もっと、そばで吉野さんのことを見ていたいです。いろんなあなたが…知りたいです」

「……でも私、もう期待に応えられないのは嫌で…思ってたのと違うって…言われるの怖くて…じゃあどんな私なら良いの?って…思っても聞けないし…」

「…もし、俺の思ってたのと違う吉野さんだったら…」

ガッカリされるのが怖い。

捨てられてしまうのが怖い。

「…それってめちゃくちゃラッキーだよねぇ」

「え…」

「だってそうでしょ。俺しか知らない吉野さんって、俺にしか見せてくれない姿ってことですよね?そんなの…好きな人のそんなの…見れたら俺、幸せだな…」


『明里ってもっと物分かり良い女だと思ってたよ』

『子どもじゃないんだから、それくらい妥協できるだろ』

『経験多そうだから、すげぇテクあるのかと思った(笑)』


「俺、真面目で大人っぽい吉野さんも好きですけど、不器用で怖がりで…チーズに目のない吉野さんも可愛くて好きですよ」

「あ…」

ポロポロっと熱い雫が頬につたう。

「よ、吉野さん!?え、俺…すみません、何か変なこと…」

「ちが…違う…違うの…」

ブンブンと首を振るが、涙が止まってくれない。

どうしよう、橋元くんを困らせてしまう。

どうしよう…

ポンっと頭の上に手が置かれ、そのまま優しく撫でられる。

「えーと…案外、泣き虫な吉野さんも…好きですよ」

いつの間にか雨は止んでいて、アルバイトの女の子が心配そうに私たちを見ていた。


*********

「んっ…ちゅぷ…んぁ…は、しもとくん…何もしないって…嘘ばっかり…んぅ…」

「す…みません…俺…案外忍耐力…ないのかも…んっ…ちゅぶ…はぁ…」

あの泣き止んだ私は「何もしないので」と言う約束で、橋元くんのマンションを訪れていた。

「吉野さん…可愛い…もっと顔見せて」

「や…恥ずかしいから…んぅ!っは…あ…」

橋元くんの舌が身体中を優しく這い、私は溶けてしまいそうになる。

何度も何度も、彼は私の耳元で「可愛い」と言いながら愛撫を続けた。

そして彼の熱いものが、私の中に入ってくる。

「あ…んぁっ…」

ぎゅうっと橋元くんにしがみつくと、彼は優しく首もとにキスをしてくれる。

「よ、吉野さんの中…気持ちいい…っう…」

「はぁっ…あぁ…だめ…すご…んあぁあ…」



ザーーーッ

いつの間にか、また雨が降り始めた。

毛布にくるまり、隣では静かに橋元くんが寝息をたてている。

彼の胸元にすり寄ると「ん~」と軽く唸ったあと、ゆっくり目を開けて私を見つめてくれる。

「そういえば…明里さんはいつも立ち止まって何を見てたの?」

いつも、遠いところへ飛んでいければ、辛いことも苦しいことも消えてしまうのに…と思いながら空を見ていた。

でも、あの魔女の女の子は逃げるために空を飛んでいたんじゃない。

立派な魔女になるために、誰かの役に立つために、大好きな人を助けにいくために…彼女は空を飛んだんだ。

「えぇ…何か見てたかなぁ…」

「見てたよ~何か飛んでんのかなぁって、俺も気になって見ちゃったことあるもん」

「ふふっ…なんにも、飛んでないよ。ぼんやりしてただけ」

私は空を飛べないし、黒猫ともしゃべることはできないけれど、あの子のように頑張らなければ。

以前はそれが苦しくて仕方なかったけれど、不器用で不完全な私を可愛いと言ってくれた。

それだけで、私は昨日よりも少し上を向いて頑張れる気がする。

不思議なこの気持ちはなんだろう。

「ん、何か言った?」

「ううん…雨が止まないなぁと思って」

「……今日は明里さんに帰って欲しくないから、俺が朝まで止まないようにしといたの」

「ふふっ…橋元くん…それじゃ魔法使いみたいだねぇ」

もう一度すり寄ると、照れ笑いをした彼がぎゅっと抱きしめてくれた。

私は魔法にかけられたように、そのまま眠ってしまった。

case1 おわり  
18/01/24 01:09 (QjPM/wJO)
4
投稿者: (無名)
続きをお願い致します!!
18/01/24 07:31 (A7TiI.X2)
5
投稿者: はるまき
ありがとうございますっ(^^)


case2 『となりのトトロ』×美花


私の生まれ育ったところはとても田舎で、周りは森ばかりだった。

いつもひとりで探検しては、大きな亀に似た岩を見つけたり、甘酸っぱい匂いのするお気に入りの花を摘んで遊んでいた。

5歳の時に1度だけ森の奥で迷子になってしまい、帰れなくなった時があった。

どんどん暗くなる森の中で私は泣きじゃくり、疲れ果ててそのまま眠ってしまった。

何だか柔らかい感触が肌に触れた気がして、それにしがみつこうとした瞬間、大きな声がして目が覚めた。

私は見慣れた庭の隅で倒れていて、泣いたり怒ったりしている大人たちに囲まれていた。

どうやってここまで帰ってきたのか分からなかったけれど、小さなどんぐりを握りしめていたことを覚えている。

それからしばらくして、テレビであの不思議な生き物のお話を見た時は胸がドキドキした。

きっと私も助けてもらったんだ!

もう一度会いたくて、真似してどんぐりを庭に埋めたり、おねだりしておもちゃのオカリナを買ってもらった。

だけどもちろん会えることもなく、両親の離婚によって慣れ親しんだ田舎を離れることになったのは中学3年生の春だった。

少しだけ憧れていた都会での生活は想像以上に大変で、座って休める大きな亀の岩もないので、私は毎日がとてもしんどかった。

あの森の方がよっぽど広かったはずなのに、私は都会の片隅でずっと迷子の気分だ。


********

「だからぁ!マンションの名前が似すぎるんですって!私が確認した時、マネージャーもOKって言ったじゃないですか!なんで私だけが悪いんですかぁ!?」

『…お前なぁ!ろくなサービス出来ないくせに、なんだよその態度!?こっちは店の信用かかってんだぞ!…あーっ…くそが、あっちにはもう別の子回したから、お前明日から来なくていいからな!』

「は!?ちょ、なにそれ…ねぇ!!」

ガチャンッ

ツーツーツー

「えぇ~まじでぇ…」

「あの~そういうことですので、お引き取りいただければ…」

申し訳なさそうに苦笑いしながら男がドアを閉めようとするので、私は必死でそれを止める。

「お、おじさん!間違えちゃったのはごめんなさい!でもどうかなぁ?お詫びにサービスするからさぁ!」

「いやいやいや!ないから!ちょっ…危ないから離しなさいって」

「お願い~ほんと今夜行くとこないの!これも何かの縁ってことでさぁ~」

「ち、力強いな!だからぁ、俺はデリヘルなんてまったく興味ないから!帰ってくださいって!!」

「やだぁ~外寒いんですよぉ!お願い~」

ガチャ…

「あの…何かトラブル?…警察とか必要…?」

隣人が恐る恐る顔を出して声をかけてくる。

「す、すみません!全然!ノートラブルですので!!」

「ちょっとケンカしちゃっただけなんで大丈夫です!
ごめんなさい~もうしないからおうち入れてよぉ。すごい寒いのぉ~」

「うっ、こいつ…」

隣人は不審そうにこちらをジーッと見つめている。

「…お、お騒がせしてすみません。ほら…早く入って…」

「あーん、ごめんねぇ。愛してるっ」

あぁ、凍え死ぬかと思った。

見知らぬ隣人よ、感謝します。

「お邪魔しまーす」

「あのほんと…出来たらすぐ帰ってもらいたいんですけど…いい歳したおっさんがデリヘル嬢連れ込んでるとか勘弁して…」

ぐったりした顔でおじさんは困ったように呟く。

「私、美花です。21歳。先月まで彼氏の家に住んでたんだけど、浮気されまくってムカついたから別れて出てきました。
お金も住む所もないからとりあえず一気に稼げると思って、こないだからデリヘル始めました。そんでさっきクビになりました!
なので、おじさんが今連れ込んでるのはデリヘル嬢じゃないから安心してね♪」

「…じゃあ、20も下の「普通の女の子」を連れ込んでるってことかよ…あ~尚更勘弁してくれよぉ」

「えっ!?おじさん40越えてるの?見えなーい、若ーい!30代かと思っちゃったぁ」

「初っぱなからおじさん呼ばわりだったじゃねぇかよ」

「うふふ~」

「……はぁ…」

観念したようにおじさんはため息をついた。

「えっと、美花…さん?確かに今夜は稀に見る大寒波なので…無一文の君を追い出すのはさすがに良心が痛みます。
今夜だけ寝床を貸しますけど、俺は君に金を払わないし、君も俺に何もしないでください。
それで、明日にはここを出ていってください。
いいですか!?」

「…おじさんって、人が良くてついつい捨て犬とかにご飯あげちゃうタイプの人かなぁ?」

「君は…人の良心に上手につけ込むタイプかな?」

「ふふ、それならデリヘル嬢なんてやってないよ」

「……ほら、そこのソファ使いなさい」

「はぁーい」


********

初体験は高校1年の夏、ナンパしてきた大学生だった。

本当は怖くて嫌だったけど、友だちはみんな経験済みだったから置いていかれたくなかった。

何度かセックスをしたらその人のことも大好きになれるかと思ったけど、その前に捨てられてしまった。

すごく傷ついたけど、平気なふりをしてたらいつの間にか本当に平気になったので驚いた。

一緒に田舎を出た母親は再就職先で良い人に出会い、私が高校3年の時に再婚した。

母は幸せそうだったけど、私はどうしても新しい父親と馬が合わず、卒業とともにこっそり家を出た。

いよいよ私は迷子になってしまったけど、もう誰も私を探してはくれない。

田舎の記憶は年々薄れていき、不思議な柔らかい感触も小さなどんぐりも、ただの夢だったのかもしれないと思う時が増えた。

つづく
18/01/24 12:40 (QjPM/wJO)
6
投稿者: はるまき
『明日から週末にかけて、強い冬型の気圧配置が続き、強烈な寒気が居座る見込みです。
日本海側では引き続き大雪や猛吹雪に警戒が必要になるでしょう。
関東全域でも厳しい寒さが続きますので、しっかりと防寒対策をしてください』

「うぉ…明日はこっちも降りそうだなぁ。車は無理かな…バスの時間見とくかな」

「うわぁ、おじさんのひとりごとって寂しくてやだなぁ~」

「っ!!い、いつの間にそこに…」

「お風呂、どうもですっ」

「はぁ…」


『すぐヤルと思って薄着で来てたんですよぉ~
うぅーずっと外にいたから寒い~風邪引く~』

『だぁー!うるさいな!風呂入れてやるから入ってこい!』

『わーい♪あ、おじさん、ジャージか何か貸してください』

『はぁ?お前なぁ…』

『私ミニスカートしか持ってきてなくって。パンツ見えちゃいますけど…』

『……置いとくから』


「おじさーん、何か飲み物もらいますね~」

「…はぁぁ…」

彼女の言う通り、自分は思いのほか人が良すぎるのかもしれない。

こんな見知らぬ若い子を家に入れて、風呂や服まで貸すなんて…

ちょっと待て、そもそも本当に成人してるんだろうな。

心臓がドクンッと鳴る。

「おーい、おじさん。一緒にビールでも飲みません?」

「…あの俺、警察のお世話にはなりたくないんですけど…」

「もぉ~心配性だなぁ。ほら!ね、大丈夫でしょ」

彼女はカバンから免許証を取り出して俺に見せつけた。

『平成8年5月15日生』

えーっと、と指折り計算し、ひとまず未成年でないことに胸を撫で下ろす。

「安心した?」

「まぁ、とりあえず条例違反ではなかったので…」

「セックスしてもセーフだよ?」

「っ!…しません!!」

「もぉっ、冗談じゃん」

しかしまぁ…こんなに可愛く笑う子が、今夜寝る家もないのか。

こんなカバンひとつに彼女の全部が入ってしまうのか。

こんなおっさんに身体を売らないと生きていけないのか。

「おじさん?どしたの?」

「べ、別に!!」

やばい、情が移るのが早すぎるだろう。

「おじさんって、単身赴任ってやつ?男の一人暮らしにしたって物が少なすぎるよね」

「あぁ、まぁな。ここに来てまだ3ヶ月だけど、またどこに行かされるやら。
ったく、独身ってだけですぐ…」

「えっ!独身なの?意外~私的に結構イケてるのに♪」

「そりゃどうも…まぁ、そういう縁がなかったんだよ」

「ふぅん…ひとりで寂しくならない?」

「まぁ…全然ならないことはないけど。ひとりに慣れてるからなぁ…」

「へぇ~大人だねぇ。私もひとりに慣れる日が来るかなぁ」

「そんな…君はまだ…若いんだから…これから、先…」

仕事で疲れていたところを、(元)デリヘル嬢とすったもんだした挙げ句、ビールまで飲んだので俺は急激な眠気に襲われてそのまま落ちてしまった。

「おじさん?…うそぉ、寝ちゃったの?
まったく、無防備で人が良すぎるのも考えものだね。
おーい、おじさん。私が悪人だったらどうするんですかぁ?もぉ~ちゃんと布団入ってよぉ~」

誰かに遠くで呼ばれた気がするけれど、頭がふわふわして動けなかった。


********

トントントントン…

「…ん」

カタンッ パタパタ…

「んん、何…」

「あ、おじさん起きた?おはよー」

「………!!!」

ガバッと起き上がり、目の前の光景に頭が追い付くまで少し時間がかかった。

「雪ちょっと積もってるけど、バスは大丈夫みたいだよ」

「えっと…何、を…」

「何って、朝ごはんだよ?思った通りだけど、冷蔵庫ほとんど空っぽだったから、大したもの作れなかったけど(笑)」

炊きたてのご飯、大きな卵焼き、味噌汁。

うちのテーブルにこんなものが並ぶなんて。

「う、うまそうだな…」

「えへへ、うちしばらく母子家庭してたから、案外料理できるんだよ~」

「そ、そっか。いただきます……熱っ……んまっ…」

出来立ての味噌汁が身体に染み込んでいく。

「うわぁ、良かったぁ~!こんなことしか出来ないけどさぁ、一応お礼っていうか」

朗らかに笑う彼女が、今日の夜はどこで眠るんだろう…そんなことを考えると、どうにも胸が締め付けれる。

「今日は帰りの方が雪がヤバそうだよ。傘忘れないようにね」

本当に俺は、いつか悪い奴に騙されてしまうかもしれないと呆れてしまうが、それよりも先に口が動いてしまった。

「ねぇ、聞いてる?」

「週明けにはずいぶん暖かくなるみたいだから…週末まではここに居ても構わない」

「…え?」

「ただし!君にはバイトとして食事を作ってもらう…そうすれば、君も俺に身体を売らないと、なんて変な気を起こすこともないだろう。俺も…えっと…超短期の住み込みバイトとしてなら、何て言うか…」

自分で言いながら、何だかとんでもないことを言ってしまった気がして冷や汗が出てきた。

「…いいの!?ほんとに??」

ガバッと俺の服を掴んで彼女は目を輝かせる。

「し、週末までだからな。今日が金曜だから、あと3日だけ…」

「うん!週明けには前にやってたバイト代が入るから!ほんと助かる!!ありがとうおじさん~」

ぐりぐりと抱きつかれ、俺は年甲斐もなく真っ赤になってしまった。

あぁ、いつか本当に捨て犬でも拾ってきそうな自分が怖い。


つづく
18/01/24 18:05 (QjPM/wJO)
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