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1:櫻ニ惹カレル女
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J
◆WCdvFbDQIA
サクラは昔の夢を見た。 中学生の時、一時的に隣の席に座っていた男子生徒の夢だった。 名前も覚えていなければ、顔も思い出せない。 唯一覚えているのは、忘れ物が多いという欠点だけだ。 昨日は数学の教科書を忘れ、今日は筆箱を忘れたという。 「消しゴム貸してくれない?」 「ここに置くから。」 忘れ物をしない日の方が、明らかに少ないではないか。 そう思いながらサクラは自分の座る席、机の右端に消しゴムを置いた。 サクラから見て右側の席に座る彼は、必要に応じて使い、使い終えたら戻してくれれば良い。 一限、二限、三限と授業は進む。 それが起きたのは昼休みの後、五限目の授業中のことであった。 サクラが消しゴムを使い終えた瞬間、彼は机に向かいながら消しゴムが置かれていると思しき位置に手を伸ばすが、当然の如く、その手は空振ってしまう。 その間抜けな仕草に苦笑しながら、サクラは手にした消しゴムを掌に乗せて差し出した。 照れ笑いをしながら、彼は左手で消しゴムを摘まみ上げる。 ぁ。 二人は同時に小さく声を上げた。 何のことはない。 手元を狂わせた彼の指先が、サクラの指先に触れたのだ。 触れた、触ったというのではない。 掠った、と表現すべきレベルだ。 だが、顔を見合わせた二人はタイミングを計ったかのように同時に頬を染め、俯いた。 特別、親しい間柄ではなかった。 互いに、もしくは一方が他方に好意を抱いていたわけでもない。 だが思春期の二人は、異性の身体、、それが指先であっても、、に触れてしまい、その事実を過剰に意識してしまったのだ。 戸惑い、赤面しながらも、夢の中のサクラは突発的に奇妙な高揚感を覚えていた。 夢うつつに俯瞰している現実のサクラは、中学生の自分に何が起きているのかを理解していた。 今なら・・今だから分かる。 高揚感、幼いながらも中学生のサクラは性的に昂ぶっていたのであったのだ。
2019/10/22 22:25:05(7Gpescz6)
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J
◆WCdvFbDQIA
眠りから弾き出されるかのように眼を覚ましたサクラ。 窓の外は白み始めているが、枕元に置いてある目覚まし時計を覗き込めば、時刻は未だ五時半にもなっていない。 起床の予定時刻迄には三十分以上ある。 不意に先刻まで観ていた夢の内容が、サクラの脳裏に蘇ってきた。 同時に顔がカッと火照る。 三十年近く昔の出来事、しかも些細過ぎる異性との接触を想い出し、当時の自分自身が、幼いながらも欲情していた事実を改めて、、三十年ぶりに認識してしまう。 「うっわぁ・・恥ずかし・・。」 思わず口にしてしまえば、それがまた恥ずかしくて堪らない。 枕に顔を押し付けて顔を隠す。 言えねー。 絶対、誰にも言えねーな。 つーか、この顔、誰にも見せらんねー。 敢えて乱暴な言葉で表現することにより、無理矢理、羞恥心を押し隠すサクラ。 夜明けの寝室、夫は昨日から一週間に及ぶ出張なのだから、誰にも聞かれることも見られることもない。 だが、しかし、だ。 夢の中とはいえ、久々のトキメキだった。 家事をこなし会社に行き、家庭と職場の責任を相応に果たす日々。 そんな判で押したような退屈な毎日の中、トキメキを感じることなぞ、ついぞ無い。 いや、トキメキそのものの存在すら、いつの間にか忘れ去っていたのが実情だ。 しかも、純情可憐な幼い自分の微笑ましく、甘酸っぱい想い出でトキメいてしまった。 少女時代以来、ベッドの上でうつ伏せになったまま、脚をバタバタさせてみるサクラ。 さすがに・・やり過ぎ・・だよ、ね。 違う意味で気恥ずかしくなったサクラは、それでも上機嫌でシャワーを浴びる為、ベッドから抜け出した。
19/10/22 22:30
(7Gpescz6)
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J
◆WCdvFbDQIA
四月の上旬。 まだ早朝は寒い。 先にシャワーの蛇口を捻り、水温が上がる間にバスルーム手前の脱衣所で寝巻き代わりのスウェットを脱ぐサクラ。 「え?」 サクラは動揺する。 穿いていたグレーのショーツのクロッチに黒々とした沁みが出来ているのだ。 嗅覚を刺激する濃厚な牝の香りが、その沁みの意味を示している。 浮き立っていた気分は一瞬にして消し飛ぶ。 夢の中・・指の先・・なのに・・ ・・それが一瞬、触れただけ・・。 たったそれだけの夢で下着を汚す程、濡らしてしまった事実にサクラは愕然とする。 同時に最後に夫と肌を合わせてから、十年近く経過していることに気付くサクラ。 勿論、夫以外の男性とも、だ。 いつの間にか夫を性の対象と看做さなくなっていたサクラは、当然、夫からも性の対象と看做されなくなっている。 二十年に及ぶ結婚生活は、自然と二人の男女を夫婦から家族に変えていたのだ。 不意にサクラを襲う痛切な衝動。 誰かに触れて欲しい。 それは抱かれたい、性交をしたいという衝動とは微妙に異なる。 人肌が恋しい、というのだろうか。 誰かの体温を肌で感じたい、誰かに抱き締めてもらいたい。 いつの間にか生じていた肉体と精神の隙間を何かで埋めたい、埋めて欲しい。 それが自慰だけでは埋まらないことが、何故かサクラには分かっていた。 あ。 嫌だ・・。 あたし・・泣いてる・・。 堪らずバスルームに入ったサクラは、熱いシャワーを頭から浴びる。 嗚咽が収まるまで、そして涙が止まるまでの間、サクラはシャワーの下に立ち尽くしていた。
19/10/22 22:34
(7Gpescz6)
投稿者:
J
◆WCdvFbDQIA
シャワーを終え、髪を乾かしたサクラは、朝食を済ませると出勤の準備を整える。 と、食卓の上に置いたスマホが震えた。 夫からの連絡。 おはよう。こっちは寒いな。 こっちも寒いよ。行ってらっしゃい。 あっさりとした返信。 夫に対する不満は無い。 勿論、たまに些細な揉め事はあるが、人生のパートナーとして概ね問題は無い。 夫もサクラに対して同じ想いを抱いているのであろう、、多分。 今、思えば結婚した頃の方が、遥かに諍いは多かった。 だが、互いに顔を背けたまま床についた後、どちらかが相手の布団に潜り込んでくれば、全てはそれで解決していた。 互いの指が、唇が、舌が、互いの肌に触れるだけで仲違いは解消し、朝まで互いの体温を感じながら眠り続けるのが常だった。 あれは・・ ・・燃えた、な・・。 遠い記憶に想いを馳せるサクラ。 だが、今は諍いも無ければ、互いの布団に潜り込むこともない。 昨日と同じ今日、今日と同じ明日が、どちらかが死ぬまで続くのだろうか。 悪くはない。 悪くはないが、しかし・・。 身支度を済ませたサクラは家を出た。 駅に向かう道を歩きながら考える。 今日は金曜日。 だが夫はいない。 何か作るのも面倒だ。 晩御飯は適当に済ませてしまおう。
19/10/22 22:38
(7Gpescz6)
投稿者:
J
◆WCdvFbDQIA
サクラには何故か忘れられない文章がある。 教科書に載っていたのだろうか、それは草木染めに関するエッセイであった。 全文は覚えていないのだが、強く印象に残っているその下り。 桜の花弁の色を染め付ける際、染料を得る為に用いられる素材に関する話であった。 素材として用いられるのは桜の花、或いは実や種かと思いきや、桜の樹木そのもの、しかも樹皮を用いるのだという。 桜の木、しかも樹皮と言われても、その時のサクラにはイメージが湧かない。 それっきり忘れていたのだが、ある日、近所の道端に植えられている樹木が桜だと知った瞬間、その記憶が蘇る。 その苔むした樹皮は、見た目にもゴツゴツとして無骨であり、指で触れれば外観通りの感触が指先に返ってくる。 桜の花弁、その微妙な色合いが、この無骨な樹皮から再現される。 その事実は意外でもあったが、不思議なことに何故か腑に落ちた。 理由は分からない。 それ以来、サクラは何故か桜に心を惹かれるようになっていく。 「サクラだから桜が好き。普通じゃない?」 周囲の意見は概ね一致しており、判で押したような反応を示される。 だが、事実は微妙に異なっていた。 正確には『桜が好き』なのではなく、『桜に惹かれてしまう』のだ。 そして『惹かれる』のは全てにおいて、好ましく惹かれるわけではなかった。 そのひとつの例が夜桜だ。 そして全ての夜桜が常にそうだというわけでもない。 サクラは時と場合により、夜桜を恐ろしく感じる時があった。 内臓を身体の芯に沿って鷲掴みにされ、呼吸すらままならないような感覚。 恐ろしければ目にしなければ良いし、近寄らなければ良い。 その場から去れば済むことだ。 だが、それが出来ない。 脚が竦み、視線を逸らすことが出来ない。 一年に一度だけ花を咲かせ、十日もしないうちに散る桜の花。 その刹那的な生と死。 そして毎年、場合によっては何百年と繰り返される再生。 桜の木が裡に秘めた禍々しい程の生命力に圧倒されながら、サクラが感じているのは怖れでもなく、恐れでもなかった。 それは畏れ、畏怖の念なのだが、サクラ自身はそれを理解していない。 理解こそしていないものの、サクラが自覚する現象があった。 強大な生命力を前にする時、無意識のうちにサクラは死を意識して昂ぶりを感じる。 死を意識した生命が、種の保存の本能を刺激する為なのであろうか。 サクラには分からない。 だが、夜桜に畏れを抱いた夜、必ず忌々しい程に欲情してしまうのは事実であった。
19/10/22 22:47
(7Gpescz6)
投稿者:
J
◆WCdvFbDQIA
夜桜・・ ・・見ていこうか・・な。 ちょっとだけ・・。 仕事を終え、簡単な買い物を済ませたサクラは、やや遠回りをして家路を辿る。 お目当は河原に植えられた一本の古木。 樹齢は数百年を数えるという。 今日は大丈夫だろうか。 怖くないだろうか。 脚が竦んでしまったらどうしよう。 怖いモノ見たさ、それもある。 だが、そもそも怖じ気付く程に怖いのであれば、近寄らなければいいのだ。 だが、サクラは分かっていた。 努めて意識しないようにはしていたが、昂りたいのだ。 桜の古木が醸し出す旺盛な生命力、そして生と死を感じることにより、性的な昂ぶりを得たいのだ。 次の角を曲がれば・・ ・・え? サクラは立ち尽くす。 そこに存在する筈の歳経た桜の巨木は、跡形も無かった。 移設されたのか切られてしまったのか。 いずれにせよ、そこに存在していた桜の木は無く、そこで得られる筈であった昂ぶりは、サクラから永遠に失われてしまった。
19/10/22 22:49
(7Gpescz6)
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