軽い気持ちで入った店に彼女はいた。

外は、数年ぶりの寒波で朝からの舞雪が止まずに辺りの音を吸収しながら、シンシンと積もる。
路地から表通りにでると暮れの差し迫った１２月で１９でも田舎街にしては往来がいつもよりあった。
大通りを人波みを避けながら、少し進んで、又、路地にはいる。

都会的な大通りから少しでも外れると夕方から赤や紫の怪しいネオンが所狭しと眠たそうに灯っている。
ご機嫌なお父さんも、何処かの婦人会もいっしょくたんにネオンと酒に溶けていた。

黄色い声の客引きをはらいのけ、何となく店の名前に気をとられ立ち止まる。

店に入るとこうしたヌキの店では珍しく
ニューミュージックが控えめに流れている。
スナックを改装したような、割りと簡易な造りでアチコチから嬢やら客の談笑が溢れていた。
暫く待機室で待たされていたが、嬢が現れ個室へと案内された。
割合、小顔で大きめな瞳は目尻が少し吊り、鼻はけしてでしゃばらず、だが、形よく筋がすっと通っていた。
顎は少し尖りぎみだが、温和な笑顔と少し丸みの頬が、どこか懐かしさを伴う穏やかさだった。

二人で個室にあつらわれた簡易なベッドソファーに腰かけて談笑する。
やがて、手を伸ばし彼女の肩を抱き寄せ、唇をかさねた。
彼女は、口元に微かな笑みを残して、ゆっくり瞼を閉じた。
優しくて…暖かいキスだった。

コトを終えて、帰宅の途中。
何度も彼女のキスを思い出していた。

愛した女性をも彷彿とさせるキス。

忘れられる訳がなかった。
翌日、俺は、彼女のいる店の前にきていた。
昨日のキスが忘れられないのか？
彼女の表情とか、タイプだとか。
色々で。

一言にすると
『もう一度、会いたかった』のだ。
ただただ会いたかった一心でドアをくぐる。
昨日と同じ男のスタッフが、愛想よく
『あっ！昨日はありがとうございました。きょうもナホちゃん出勤ですよ♪指名なさいますか？』
改めて『そうだナホちゃんと言ったな…あの彼女』
受付を済ませて又、暗く狭い待機室で暇を持て余すコト２０分。
彼女 ナホちゃん が、現れた。
昨日と同じ笑顔で。
そして、昨日と同じ肌に、昨日と同じキスに溺れ浸った。
それは、時間も記憶も一時、忘れさせた。
ナホと名乗る彼女と私だけの空間で時間だった。

至宝の時間は、瞬く間に過ぎてゆく。

彼女の残り香を纏い、又、明日を迎える。

だが、彼女にしてみたら、私はただの客なんだ。
彼女のプライベートと偽ってよこした仕事用の携帯にお礼のメールをする。
当たり前の社交辞令となって返ってくる。

そんな日々が、幾月か重ねていた。
ある日、彼女からメールの内容にもう１つのメールアドレスがあった。
私は、心弾ませ新たなメールアドレスに文を載せ送信した。

彼女は、私を
『気持ちの優しい慈しみの心をもった、１人のお客様ではなく、気持ちを通わせたい１人の男性』と文面で評価した。

私は、嬉しかった。
トントン拍子で話しが進み、はじめてのデートで結ばれた。
夜が短かった。
１日という区切りさえも恨めしく思えた。

共にした時間が長ければ長いほど、別れがキツくおもえた。
彼女の気持ちも頬を濡らした一雫で同じだと判った。

だが、直ぐに私は幸福から恐怖に気持ちが変わった。

私には、財力もなければ４０を過ぎたオッサンだ。
到底、若い男とならんだら魅力の欠片すらないではないか…？
彼女にしても、きっと荒んだ仕事に視力を喪い、私のようなモノにでも癒しを感じたのではないだろうか？

そもそも。
本気ではあるまい。

こんな気持ちが、私を支配占領したのだった。


自分にも
心の声が『そうさ。彼女だって、好きでこんなオッサンに抱かれた訳じゃない。客だからさ』と、呟いたようだった。


あくる日
彼女にメールで
『好きになった。いとおしい。君との時間が忘れられない』と告げた。
彼女からの返事を待たずに
『でもね。怖いんだ。フラれるのはわかってる。こんなオッサンじゃ迷惑なのもわかってる。もうメールもしないし、店には行かないから安心してね。フッたオッサンじゃ、客として会いにいってもきまづいだろうから。いっぱいありがとう。さようなら。君が１日でも多く笑顔でいられますようにいつも祈ってます』と…
送信した。

ついに彼女からのメールは、一切なかった。

いつの間にか、私は恋愛が恐くなってしまっていたのだ。
気持ちが昂れば昂るほど、裏腹に恐怖も抱いた。

だから、これで良かったのだ。
彼女にも…
私、自身にも。

自信のない男に想われても女性に幸せはないのだと思うから。

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