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『無題』十
カテゴリ: 官能小説の館    掲示板名:ノンジャンル 官能小説   
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1:『無題』十
投稿者: 菊乃 ◆NAWph9Zy3c
今日は、土曜日。

梅雨明けの、午後。




眼が痛い。空の蒼さが、太陽の光りが、瞼の裏側を刺す。




ネギの飛び出た、買い物袋を提げて、緩やかな坂道を、歩く。



白いブラウスの胸元が、首筋が、わずかに汗ばむ。




太陽のにおい、アスファルトの焼けるにおい、夏のにおいがした。





家に、向かう。太陽をいっぱい浴びて、濃い緑色の葉っぱは、つやつやと輝いている。椿の木だ。その前を通り、階段を上る。


ミュールのヒールが、カン、カンと、渇いた音を奏でる。





デニムのポケットに手を入れて、鍵を、探す。

鍵を見付けて、鍵穴に刺し込む。




…ふと、思って、鍵を回す前に、ドアを引いてみる。



ドアは、開いた。



鍵を抜いて、中に入る。玄関に置いてある硝子の灰皿に、鍵を置く。カチャっと微かな音を立てる。




「…ただいま」

あたしが、云うと、




「おかえり~」

と、ジャイアンが云う。





暑いから、喉が渇いた。冷蔵庫から、硝子のポットを出す。麦茶が入っている。




コップに注いで、一気に飲み干す。



のどに、ひんやりと心地好い。





それを見ていたジャイアンが、

「あ、俺にも麦茶ちょうだい」

と、云う。



…飲みたきゃ、自分で出せよ。そうやって動くことを厭うから、メタボなデブになるんだ。



土日の昼飯は、近頃、そうめんばかりなのに、全く痩せる気配がない。





「ぷは~ ッ いや、暑くなると、やっぱり麦茶がおいしいね。」

などと、一人で、ぶつくさ言っている。





以前は、この家の冷蔵庫のポケット部分には、お茶や、ミネラルウォーターのペットボトルがあった。


今は、あたしが煮出した麦茶の入った、硝子のポットが、二つ入っている。



かつては殺風景だった部屋に、今は小さな鏡台があって、沢山の化粧品と、ラインで揃えたスキンケアシリーズの瓶、大枚はたいて買ったアクセ などが、並んでいる。


さながら、以前住んで居た、部屋のミニチュア版といったところだ。











あの日は、何時ものように、あたしがジャイアンのアパートに来て、御飯を作って、お風呂入って、缶ビールと缶チューハイを二人でいつくか飲んで、身体を重ねた。



いつもと違ったのは、ジャイアンが、かなりの量のアルコールを飲んでいたことと、いつもより、乱暴だったこと。

何か、あったのだろうか。

嫌なことが、あったのだろうか。


あたしは、彼の、愚痴や悩みを、聞いてやってもいい、そう思っている。

だけれど、

「どうしたの?何か、あったの?」

これが、あたしには言えない。昔から。それで何度も後悔したのに、未だに、言えない。

関係が、深くなりすぎるのが、怖いのかも、しれない。


あの頃からまったく進歩していない。弱いままだ。




苦い思いを噛み締めながら、あたしは、パンツをはいて、帰る支度を始めた。此処に、泊まったことは、無かった。





あたしは、何も言わず、ジャイアンも何も言わず、沈黙の色のまま、あたしは帰ろうとした。

ベットから降りようとした。


すると、ジャイアンが、あたしの手首を掴んだ。大人のオトコの、強い力だった。その力で、あたしを引き寄せた。


そして、突然、彼は泣いた。泣き出した。




大きな体を震わせて、わんわんと、小さな子供のように泣きじゃくっている。



泣きながら、

「…帰らないで…」

と呟いた。





「…ごめん、乱暴に、するつもりじゃなかった。…痛かったよね。謝るから、頼むから、…帰らないで。」




あたしの体は、ごく自然に、彼を抱き締め、その背をさすった。





そして、ごく自然に、

「何が、あったの?」

という言葉が口からこぼれた。意外にも、すんなりと言えた。





ジャイアンは、泣きながら、上司に小言をいわれただの、部下に馬鹿にされただの、自分以外の同期の人間は、皆、どんどん出世していくだの、通りすがりの見知らぬ女子校生の集団に、キモイ、しねと笑われただの、風呂場で貴重な髪の毛が十本以上抜けただの…毒を吐きだすように、訴えた。俺だって…俺だって、悔しいんだよ、と訴えた。







気が付くと、カーテンの隙間から、朝日の光がこぼれていた。






その大きさ、重さに差こそあれ、皆、たくさんのものを背負っているのだと、こらえきれない痛みを抱えているのだと、思った。



そして、子供のように泣き、痛い、苦しい、と訴えるジャイアンを、帰らないで とあたしの手首を掴んだジャイアンを、心から、愛しい と思った。









そうして、あの日から、あたしはこの家で、夜を明かすようになった。







当たり前の、穏やかな毎日。最近、上手に笑えるように、なった。素直にありがとう、と言えるように、なった。



ただいま と、言えば、おかえり と、返してくれる人が、いる。



あたしが煮出した麦茶を、おいしい と言ってくれる人が、いる。


お金がたくさんあったわけではなかった。


だけど、豊かな生活を、送っている。




悪くない、と思っている。



そう、悪く、ない。





あたし達の耳に、どこかの家の風鈴の、チリリンという音色が、初夏の爽やかな風に乗って、微かに聞こえていた。




2007/05/10 23:30:44(qf34P3H5)
2
投稿者: Barbie
なみだが、でた。
07/05/10 23:51 (5yg5etz1)
3
投稿者: オジサン
優しい気持ちをありがとう
07/05/11 00:19 (Wdtwvb0J)
4
投稿者: るぃ☆壁∥ョ_・*)
待ってました!最高です!
07/05/11 03:19 (mnWa1SBF)
5
投稿者: 菊乃 ◆NAWph9Zy3c
書き込み、ありがとうございます。


近頃少し、体調が悪く、 遅くなってしまいました。

今回は、明るく、軽やかな内容にしたつもりです。

これからまた少し、暗くなってしまうと思うので。


また、読んで頂けてたら嬉しいです。

ありがとうございました。
07/05/11 09:57 (BNBTIu4X)
6
投稿者: ゆう ◆C1JH30EVSU
楽しみにしています…体大丈夫ですか…?無理をせず。またよませてください。
07/05/11 14:23 (1657YtT5)
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