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1:『無題』九
投稿者:
菊乃
◆NAWph9Zy3c
健ちゃんの家は厳しい。 健ちゃんのお母さんは、健ちゃんによく似た、笑うとえくぼの出来る、可愛らしい人だった。儚げな、少女のような女性で、白いスカートがよく似合っていた。 あたしの母親は、夜行性生物だったので、母親としては、殆んど役に立たなかった。 だけれど、そんな彼女に不満や怒りを覚えることは、無かった。 娘だろうが、何だろうが、彼女のオンナとしての人生を、菊乃としての人生を、幸せを求める、自由な人生を邪魔することなど、出来るはずがないし、してはいけないと思う。 健ちゃんの家にも、あたしの家にも、父親はいなかった。 たまに、菊乃が連れてきた男の人が、居ることがあったけど、彼等が父親になることはなかった。 小学校三年のとき、健ちゃ父親が 出来た。 健ちゃんのお母さんが、再婚したのだ。 細くて、眼鏡をかけた、真面目そうな人だった。 それから、健ちゃんの家は、厳しくなった。 六月は、雨ばかり降っているから、嫌いだった。 黄色い傘を持って、なんとなく、屋上への階段を登った。 そこには、先客が、居た。 親に叱られたのだろか、貯水槽の上に、体育座りして、一人で肩を震わせている健ちゃん。 傘をささないから、グレーの長袖Tシャツが、まだらに変色している。 白くて、まあるい、綺麗な子どもらを、きたない雨が、汚す。 近頃、健ちゃんは元気がない。笑わない。何か、に脅えていたようにも見えた。 もしかしたら、血の繋がりがない為に、父子の関係が、うまくいっていないのかもしれない。 もしかしたら、甘えん坊な健ちゃんは、だいすきなお母さんを、他のオトコにとられて、悔しいのかもしれない。 そんな、さまざまな理由を想像した。 子どもらから、太陽を、青空を、奪った灰色の雨。 黄色い傘が、そんな雨から、あたしと健ちゃんを、守った。 口を真一文字に結んだまま、膝小僧を見つめ、ポロポロと涙をこぼす、健ちゃんの隣に、あたしは、同じように体育座りした。 じわじわと、パンツにまで、水が染みてきて、ぞわっと、した。 健ちゃんは、黙っていた。 ただ黙って、泣いていた。 健ちゃんは、何も、言わなかった。 何か、言葉をかけなければ、慰めなければ、と思ったけど、何も思い付かなかった。 だから、歌った。音楽で習った歌を、出来るだけ、楽しそうな歌を、歌った。 健ちゃんは、泣きながら、その歌を聞いていた。 あたしも、健ちゃんも、ちっぽけで、弱くて、幼かったけれど、手に手をとって、深い傷を舐めあって、生きていた。 それから十日も経たぬうちに、健ちゃんは、またあの場所で、一人で泣いていた。 梅雨時の、ジメジメした、灰色の、曇り空。 健ちゃんを励ますつもりで、あたしは、 「だ…大丈夫だよ。今、辛くても、ちょっと辛抱すれば、ちょっと我慢すれば、そのうち解決すると思う。ほら、頑張って!」 と、いい加減で、無責任な事を言った。 本当に、無責任だ。 「…そうだね。俺、頑張るよ。強く、なるよ。」 と言って、健ちゃんは笑った。 だけど、それは、あたしの好きな笑顔では、なかった。 今日も、歌を歌った。音痴なあたしの歌を、健ちゃんは、優しい顔をして、聞いていた。 その数日後、雨の日の、学校帰り、近所のバラエティショップで、あたしは、素晴らしい傘を、見つけた。 あんまり素晴らしいから、胸が、ドキドキした。 黒くて、大きな傘。健ちゃんと二人で入ったって、大丈夫だ。 外側は、真っ黒。 だけれど、内側は、美しい、青空。 内側が、青空柄の、素敵な傘なのだ。 絶対欲しい、と思った。 …二千円。 あたしの、小銭入れには、八百円しか、ない。 あたしは、迷わず、ランドセルの中から、集金袋を出した。昨夜、菊乃が、中身を入れて、よこしたのだった。 三枚あるうちの、二枚を、取り出した。 これで、二千八百円だ。これで、青空が、買えるんだ。 翌日、真っ黒な傘の中には、あたしと、健ちゃんがいた。 健ちゃんが、久しぶりに、本当に笑っていた。あたしのすきな、笑顔だった。 その代償として、あたしの目の上には痣があった。お金のことが、菊乃にバレたのだ。 でも、全く後悔してないし、こんなのはへっちゃらだ。 町中に雨が降っていた。 でも、あたしたちの頭の上だけには、青空があった。 まがい物の青空だったけれど、嬉しくて、楽しくて、幸せだった。 健ちゃんが、笑ってくれたから。 今日は、二人で歌を歌った。声変わりしていない、健ちゃんの声は、澄んでいて、透明だった。 幼いメロディは、大きな曇り空と戦うために、上へ、上へ、空へ、空へ、と昇っていった。 梅雨は、終わろうとしていた。 すぐ後ろに、蝉の声の季節が、迫っていた。
2007/04/29 18:49:32(AcWejEjk)
投稿者:
ザック
切な~ぃ!でも続きが読みたいっす!
07/04/29 19:34
(gckUEhRx)
投稿者:
菊乃
◆NAWph9Zy3c
P1の 中~後半部分。
誤「小学校三年のとき、健ちゃ父親が 出来た。 」 正「小学校三年のとき、健ちゃんに、父親が 出来た。 」 すいません。凡ミスです。…前からよくありましが、あまりに酷いので、訂正させていただきます。
07/04/29 20:41
(AcWejEjk)
投稿者:
るぃ☆壁∥ョ_・*)
待ってましたよォ♪♪*。
間違いなんて気にしないでくださぃね~~(つ∀`*) 切なくていぃのですが………先が気になる………笑〃早く読みたいけどゆっくり書いてくださぃ笑〃
07/05/01 06:23
(oFudcK87)
投稿者:
'A`)
読んで思わずニヤニヤしたよ。
雨も悪くないよな。
07/05/01 14:22
(THBjtni2)
投稿者:
ケイ
おれも子供の頃に青空模様の傘に惹かれたなぁ。
歌は何を歌ったのかな・・・「雨に歌えば」を想像してみた。 これからも頑張って下さい
07/05/01 16:54
(THBjtni2)
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