…ゆめちゃん！…ゆめちゃん！…


…呼ばれてる…でも…。



あたしの名前は、「夢子」。
これは元々、うちの母親が、若い頃勤めていた店で名乗っていた源氏名だと云う。結局、ｵﾄｺと金絡みでモメたらしく、勤める店も、名前も、新しく変えて出直した。…本人は否定するが、ちょうどこの頃、鼻筋が通って顔も新しくた、と主張する第三者の意見も見逃せない。…新しい顔って…子供に人気の、あの、有名な、「ﾊﾟﾝ」みてぇだ。


ちなみにその後、母親は「菊乃」を名乗った。…どっちにしたって古臭せぇ名前だ。…よく言や、ﾚﾄﾛ？



「だぁ～れだｯ？」

あたしは、後ろからそっと忍びよって目を覆う。
…今の子供は、きっともうこんなこと、しねぇんだろうな。


「あ～ゆめちゃんだ、わかるよ、ぜったい、ゆめちゃん！」

振り向いて、にこっと笑う。寒いからか、ﾋﾟﾝｸのほっぺしてる。

それはｶｻｶｻと音のする、寒い真冬の昼間、ﾏﾝｼｮﾝ内の公園の砂場。太陽の光りが砂粒を輝かせていた。


「ねぇ、けんちゃん、今日はさ、お山、しようよ！お山！」



健ちゃんとあたしは、世に云う、幼馴染みだった。年も近かったし、家も隣で近かった。努力次第では三秒で往復できた。だから、小学校中学年くらいまでは、二人で遊ぶことが多かった。



あんなに真剣に、山を創れるなんて、今考えると驚きだ。あの集中力。しかも長続き。

今じゃ、ｵﾄｺもﾊﾞｲﾄもﾌﾞﾛｸﾞもﾋﾟﾙも、続きゃしねぇ。あと、納豆ﾀﾞｲｴｯﾄも…あ、これは、もう、いいのか…失礼。




ﾄﾝﾈﾙを、掘っていた。

肘まで泥だらけになりながら。

「けんちゃん、もっと掘ってよ！つながんないよ！」

「…うん、掘ってるよ…おかしいなぁ……あれ、あぁ！」


指先が、触れる。


「…あぁ！！」

あたしの泥だらけの、真っ黒な手を、健ちゃんの小さい手が、しっかりと捕まえた。

冷たい砂と泥の中で、健ちゃんの手は、確に温かかった。じーんと熱かった。





薄暗い部屋の中で、じっと手を見た。つめたく、冷えきったあたしの手に、泥はついていなかった。

ついていなかったけど、汚かった。

いつの間に…こんなに汚れちゃったんだろう…

なんでこんなに汚ねぇんだよ…


…今夜はやりきれない。なんだか足の先まで、やりきれない。


そうしてあたしは、また、よく知りもしないｵﾄｺの前で、満たされたﾌﾘをするのだろう。